閑話 - 年神様

「ねーちゃん、なにそれ?」


 わたしが仕事場の入り口に飾りつけを行っていたときでした。

 いつだったか、下着ドロボー騒ぎのときに出会った少年が近くを通りかかり、尋ねてきました。


「ここでは珍しいのですかね。カドマツというものですよ。竹と松の枝で作った飾りです」

「ふーん。尖ってんのカッコイイね」

「自信作ですからね!」


 ふふん、と心の中で得意げになります。

 相手は子どもなのですけどね、それでもこういう時ってちょっと自慢げになりたくなりませんか?


「あっちの白いのは?」

「あれはお餅です。近くの集落からお米をすこし取り寄せて作ってみました」

「食わねーの?」

「まだ食べません。これを食べるのは新しい一年がきて、少し経ってからなんです」

「なんかもったいねーな。据え膳食わぬは恥だとか、いつも親父がよく言ってるぜ?」


 意味わかっていってるのでしょうか。親父さんはお子さんに何を教えてるんですかまったく。

 しかしまあもったいないときましたか。

 食べものも貴重な世の中ですからわかる気持ちもあるのですが、ずっとしてきたことなのですこし反応に困ってしまいます。


「無事に一年を過ごせた感謝と、また無事に一年を過ごせますようにって、年神様を家に迎え入れてお願いをするためのお供えものなんです」

「トシガミサマ……? ああ、神様? いや神様なんてイマドキ流行らねーよ、ねーちゃん。あいつはなーんにもしてくれやしないって親父もいつも言ってるし」


 親父さん、もうちょっと周りの出来事への感謝をあなたのお子さんに教えてあげてくださいな。


「わたしが前に過ごしてた場所ではこうしてたんですよ。無事に暮らせることに感謝しましょうだなんて、素敵な習慣だと思いません?」


 わたし、いまイイコト言いました。

 しかし少年はうーんと悩みまして、


「わかんねーや」


 ケロッと返しやがりました。

 まあ親父さんの教育方針からは期待できたものではありませんでしたが──

 呆れるわたしをよそに、眉間にしわを寄せた少年が話を続けます。


「オレが無事なのは親父やかーちゃんとか、トムテさんや集落ここのみんなのおかげだろ? 誰だかわかんねーやつに感謝とか、よくわかんねーよ」


 少年の言葉には少しハッとさせられました。

 子どもの頃ならそうですよね。

 わたしだって身近なものが全てでした。たぶん。

 その思いを真っ直ぐに投げかけられると、いろいろ考えさせられるものがあります。


「あ、でもあれだぜ、ねーちゃんが言う精霊ってのには感謝してる! まだ見たことねーけど、いるんだろ? なんかこう、オレたちにイイコトしてくれてるのが」


 わたしはきっと目を丸くしました。

 それは予想外の言葉でしたから。

 そしてちょっと嬉しい言葉でしたから。


「ええ、いますよ。だけど、見たことがないのに信じるんですか?」


 少年に尋ね返します。

 いえ、いるのですよ、精霊は確かに。

 だけど、ふと聞いてみたくなったのです。


 すると少年は笑いながら答えました。


「そりゃあ、ねーちゃんが地面はいつくばったり草に話しかけたりしてるの何回も見てきたし、何かいるんだろーなって──」


 うーん、そこだけ切り出されると変な人でしかないのですが大丈夫でしょうか……

 もちろん、精霊さんを認めてくれるヒトが増えるのは良いことです。わたしも嬉しいことです。

 だけどもうちょっとこう、自分の立ち振る舞いを気をつけようと思いました。


「あ! もしかしてそのトシガミサマってのも精霊みたいなもん? 実はねーちゃんには見えてたりさ」


 少年は目を輝かせてそう尋ねてきました。

 しかし、残念ながら年神様はわたしも見たことはありません。

 それは精霊さんではなく、やはり神様というものなのでしょう。


「実はわたしもまだ出会えたことがないのですよ、年神様には」


 何が違うのかと疑問に思われるかたも多いのですが、いわゆる『精霊の相談所』としては明確に線引きがされています。

 されているのですが、子どもにそれを伝えるのは夢がありませんから──


「だけどきっとそこに居て、集落のみなさんや近くにいる精霊さんたちと同じように、わたしたちを見守ってくれているんですよ」


 なんて、なんとなく濁してしまいました。


「そっか、会えるといーな!」


 その子の無邪気な言葉に、わたしの顔が緩むのがわかりました。


「そうですね。まあ会えなかったとしても、きっと来てくれるんです。そういう神様ですからね」


 それになんといったって、この門松はわたしの自信作なのですから! ふふ。


(閑話 - 年神様 完)

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精霊さんたちとの日常ノート @waca

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