ケット・シー⑤(完)
集落に戻り、とにかくまずは役場へと報告へ戻りました。
服もよごれているので、建物の外で手短に済ませようと、役場の方に担当者を呼んでいただきました。
「なんだ、随分スカートが土と葉っぱにまみれてるな。まさかあんた、俺を差し置いて『遺物』を掘り起こしてたんじゃないだろうな」
「わたしがそんな金属ゴミに労力を割くと思いますか?」
「思わないな。で、今日はどうした?」
こちらは役場の地域戦略室の室長さん。
かいつまんで紹介しますと、わたしの雇用主にあたるかたです。
地域の安全を維持することが主な務めのひとつなのですが、ともすれば今回の件はさぞ頭を抱えているでしょう。
ですので、室長さんの驚き喜ぶ様子を思い浮かべながら、堂々と第一報をお伝えしたのですが、
「同時的多発的におきている盗難事件のことでなのですが、原因をつきとめたんです!」
「ああ、あれか」
さほど興味なさそうな態度で打ち返されました。
「もっとこう、待ってましたといわんばかりの歓迎を想像していたのですけど」
「おお、そうか、すまん。なんなら、やり直すか?」
「いいです……」
わたしは若干の退屈な気持ちを抱えながら、取り急ぎの報告を口頭で済ませました。
「猫が……そんなことがあるのか? 仮にそうだったとして、その持っていかれた荷物は取り戻せるのか?」
「え? さあ──」
「『さあ』てなぁ……」
「いえ、わたしは王様に尋ねましたよ? 集落の皆さんの荷物を返していただけませんかって」
「それで?」
「気まぐれな猫さんたちがいう事聞いてくれると思うか? て言われました」
嘘はいっていません。
わたしは事実を事実のまま伝えています。
「はぁー……」
けれど室長さんは深い溜め息をついておられます。
そりゃあまあそうですよね、とも思いつつ──
「……念のため聞くが、荷物は帰ってこないんだな?」
「一部の猫さんが、もしかしたら気まぐれで返してくれるかもしれませんが……」
「じゃあ、もし次にこのあたりの、その猫の王様?を選ぶ時期がきたとして、今回のような事態は防げそうか?」
そう室長さんに言われて考えてみましたが、
「……難しそうです。いつ次の集会があるかなんて、わたしたちには分かるはずもないのですから」
やはりそれはとても困難なことでしょう。
そもそもが秘密裏におこなわれているイベントですし、集落の猫さんたちに何らかの兆しがあるわけでもなかったのですから。
「だろうなあ。だとすればだ、この話は役場の一部のやつらの間だけに留めておこうと思う」
「え?」
そこは集落の猫さんが犯人でしたと伝えて、恐ろしいことはないから安心してくれと周知するところではないのでしょうか。
「なぜみなさんにお伝えしないのですか?」
わたしは何を考えているのかと率直に尋ねました。
「そりゃああんた、話せば犯人がヒトじゃないという安心材料くらいにはなるだろうが……」
そう言いあぐねて室長さんは顔をぽりぽりとかき、
「ネコたちが悪さをしてるとみんなに思われたら、ネコたちが監視されてしまって可哀想だろうが。それに精霊が好きにやれてるってことは、これから集落にも良い事がおきるってことなんだろう?」
照れくさそうにお話してくれました。
室長さん、いまのはちょっとポイント高いです!
「盗まれたものはどれもそれほど生活に支障のないもののようだし、起こるのも数年に一度だ。放っておいたところで大したことではないだろうさ」
「それもそうかもしれませんね。ただ、犯人探しが変に始まったりしてギスギスしなければいいのですが」
「皆、気の長いやつらだ。大丈夫だろう。ところで、あんたも何かとられたのか?」
はっ──
せっかく忘れかけていたことを思い出してしまいました。
「き、聞かないでください!」
いらないことを思い出させてくる室長さんにいびつな笑顔で詰め寄りました。
「お、おう……」
わたしの部屋から持ち出していったのはきっとあの猫たちなのです。
そうでなければ、絶対ダメなんです……
そんな暗い思いに沈んでいると、
ニャア──
突然に鳴き声がきこえてきました。
「ん? なんだ、見ないネコ連れてるな」
「え?」
足元の鳴き声に目をやれば、猫さんが一匹すり寄ってきていました。
わたしにも覚えのないコです。
かがんでその頭をなでてやります。
「もしかして室長さん、集落中の猫さんに詳しいのですか?」
「名前までは覚えてないが、どんなのがいるかくらいはざっとな。そいつは知らんネコだ」
知らないネコ、ですか。
ケット・シーに出会ったあとにやってきたコ。
これはきっと、
「猫さん、わたしの家にきますかー?」
そう話しながら両手で顔をつつむようにあごの下をなでると、ゴロゴロと喉を鳴らします。
そしてその手を離すと今度は短くニャアと鳴いて、再びすり寄ってきました。
その場で少しうろついてみると、後を追いかけてもきます。
「はっはっは! 気に入られてるじゃないか。まあ迎え入れてやるといい。あんたが仕事に出るときは、集落のみんなが面倒みてくれるさ」
「……ええ、そうしようと思います。ほかのコたちと同じように、自由にさせますけどね」
わたしはまたかがんで、猫さんをなでまわします。
そして猫さんに小さく尋ねてやるのでした。
「あなたは王様?」
ニャア。
(ケット・シー 完)
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