ケット・シー④
ニャー ニャニャー ニャー ──
視界がくらりと揺れて、がくりとバランスを崩した瞬間、わたしは違う場所に立っていました。
ほの暗く、森の中ではあるようですが、どこかふわりとした地面。
たしかな足場がないものかと地面を探るも見つけられません。
ニャー ニャー ──
たくさんの猫さんの鳴き声が響きます。
猫さんの集会というやつです。大いにこぞってます。
そして足をくすぐる幾つかの毛玉たちにしっぽたち。
天国ですかね。
「ああ、はいはい、くすぐったいですからね、ちょっとだけ離れててくださいね……あれ?」
よく見ればこのコたちはみんな、小さなマフラーを巻いたり背中にマントをつけていたりしています。
「あ、靴下……! あっちはヘルメット!」
そのほかにも、それぞれが思い思いのグッズを身に着けてこの集会に参加しているようでした。
「やっぱりあなたたちだったんですね、みんなの持ち物を持ち出していたのは」
身につけているものは、パーティーに出るためのおしゃれ着のようなものなんでしょうかね。
それにしたって、ここにいる猫さんたちは集落にいる数の比ではありません。
ほかの場所からもたくさん訪れているのでしょう。
すると、
「あれぞ招き猫。」
などと独り言をつぶやきながら、すり寄ってくるコたちをいっこいっこ引き剥がして猫さん──猫の王様、ケット・シーさんに歩み寄ります。
「やあ、ぼっちの先生」
ああ、その呼び名は──
「あなたですね、入り口の猫さんにわたしを『ぼっち』と吹き込んだのは」
「まさか。ぼくがそういうよりも早く、集落にいる者はみんなそう呼んでいたさ。ヒトがそう呼んでいるから、ぼくらもそう呼んでいるにすぎないさ」
猫さんはヒトにとても近いところで暮らしているのだから、それも理解はできるのですけど。
ケット・シーさんは呑気に顔を洗っています。
「王様、わたしのこと待ってましたよね?」
「待っていたというより、来るだろうと思っていた。きみは精霊とよく遊んでいるし、きっと今回も不思議を追ってここにたどり着くと思ってたんだ」
「あ、遊んでませんし! 何を見たのか知りませんけど、ちゃんとした仕事なんですよ。失礼です」
すると彼はにゃははと声をあげて笑いました。
わたしの足元にはまた猫さんたちが群れてきました。
仕方がないのでしゃがみこんで、あたりを撫でるようにしてモフります。
みんな一瞬でおなかを見せやがります。ういやつです。
「むずかしいことはわからない。だけど集落の者たちはみんなきみが好きだといってるよ」
そう言ってわたしを取り囲む猫さんたちを見る。
「このコたち、もしかして全部……」
「きみのいる集落の者たちさ。精霊と戯れるきみを変なやつだ面白いやつだ、見ていて飽きないだのと楽しそうにしていたよ」
「そ、そんな風に見られていたんですねわたし……でも、なんか複雑なんですけどー! こにゃろー」
あたりの猫さんたちを強烈にくすぐりまわしてやりました。
ばたばた、くねくねとのたうちまわる姿までもが愛らしいです。
だいぶ満足しました。
そうだ、と本題を思い出しました。
同時多発盗難事件のことです。
「ねえ王様さん?」
「なにかな」
「わたしの……あ、いえ。ね、猫さんたちが持ち出した集落のみなさんの持ち物って返していただけるのでしょうか?」
彼らが身につけているものは、ほぼ集落から勝手に持ち出しているものです。
それであればわたしの家から持ち出したものだって、あるいはここにあるかもしれません。
……考えると恥ずかしくなります。
王様はしばらく考え込みましたが、
「わからない」
とだけ言葉を返します。
「そんな、王様なのですから命令をすればみんな従ってくれるんじゃ──」
「きみは、いま手元で転がしているその者たちが言う通りにしてくれると、本当に思うかい?」
わたしにくすぐられて喜びの謎ダンスを繰り広げるコたちに目をやりました。
「……思わないですねえ。」
たいへんまことに残念ながら。
わたしとて、猫さんたちの気ままな生き様は存じ上げております。
「にゃはは。みんな気まぐれに生きているからね。それにぼくが王様なのも今夜までなんだ。つぎの王様がすぐに決まるんだけど──」
王様はそのまるい手をクルクルとまわしはじめた。
「それが誰になるかはきみには見せられない。ぼくらの掟なのでね」
すると、わたしを囲うようにキノコがニョキッと生える。
途端に踊り狂っていた猫さんたちが離れていきました。
ああ、きっとわたしはここから追い出されるのでしょう。
「あの、王様がわたしをここに招き入れたのはなぜです?」
「そんなもの、気まぐれにゃーにゃにゃ──」
わたしの視界が揺らいで、聞こえてくる王様の言葉は猫の鳴き声に変わっていきました。
次の瞬間、森の中、たしかな地面のうえにわたしはへたり込んでいました。
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