スプリガン⑤(完)

 それから私たちはその場を少し離れた木陰へとうつり、彼らの巣をどうするか話し合いをしました。


「あのコたちは敵意を向けなければ襲ってきたりはしないようですし、そっとしておくのが良策だと思うのですが……」

「それじゃあ、あの遺物を取り崩して売り払う計画も?」

「ええ、いまはやめておいた方が良さそうです。あれほど大きく膨らんだ彼らに万が一暴れられては、わたしたちは文字通り蹴散らされてしまうでしょうし」


 多くの人はその通りだと、すぐにご納得いただけたのですが、


「目の前に金の山があるってのになあ……」


 未練がましく遺物を眺めるかたも、やっぱりいらっしゃいました。

 それもそうでしょう。普通のヒトにしてみれば、煮ても焼いても食べられない金属クズが、お金やおいしい食べものに変わるのだというのなら、その方が良いに決まっているのです。


「気持ちはお察ししますよ。わたしだっていっそおいしいパンに替えてしまいたいのです。ですがスプリガンさんの恨みを買って集落が荒されてしまっては元も子もありませんから。彼らがあの場所をいつか離れるまで、離れるのかはわかりませんけど、それまで見守っていくべきでしょう」


 話していてなんだかお腹が減ってきてしまいました。あのクズ山を見ては、大量の焼きたてのパンが重なって見えてきます。


 ぱんっ


 会話の隙間にタイミングよく、お姉さんの手を叩く音が響きました。


「概ね意見がそろいましたね」


 その場の全員がお姉さんに注目しました。


「そっと見守る、彼らが出ていくまで手をつけない。となれば、これは私からみなさんへのご提案なのですが……」


 お姉さんがスラスラと今後のタスクの整理をはじめました。男性の方たちはそれに従って割り振りを始めます。

 このお姉さん、なかなかやり手かもしれません。


 わたしたちはスプリガンさんを刺激しないように気を遣いながらおのおの作業に移ります。この時期、陽の当たるところでの作業は汗が止まりません。


 まずは崩れた道を元に戻します。余った土砂は道のかたわらに残さざるを得ませんでしたが、いったんは道が通れるようになりましたので後日に考えることとなりました。


 崩れて遺物が露出した部分はシートをかぶせて、その上に土を盛って隠します。これはヒトの目から遺物を隠すためでもありましたが、スプリガンさんを雨漏りから守ってあげるためでもありました。


 そしてスプリガンさんの巣の入り口には、倒れた木を切り出してつくった屋根の付いたの小さな玄関を設置します。出口が塞がってしまってはかわいそうな気がするから、ということでもあったのですが……


「このほうが家っぽくて可愛いでしょう?」


 お姉さんの趣味によるところが大きかったと思います。

 四方塞がった遺物の山の中で過ごしていた彼らなのだから、本当はそんなこと必要ないのですが……


 わたしは好きですよ。玄関ももちろんですが、お姉さんの粋なはからいが、です。ふふ。


 玄関が建てられてからは、彼らも気になるのでしょうか。わらわらと玄関を出たり入ったりをただ繰り返して、わりと楽しんでいるように思います。その様子を眺めているだけでほっこりしちゃいます。

 喜んでくれているといいのですけどね。


 それにしても、彼らが守っているものは何なのでしょうね?

 とても気になります。


 さて、強い日差しのもとでいつまでも眺めているわけにもいきません。本もわたしも焼けてしまいます。あとはみなさんにお任せをして帰ることにしましょう──と、服の砂ぼこりを払いながら立ち上がったときでした。


 ぐうううぅ。


 突然、わたしのお腹がおおきく音をたてました。

 ああ恥ずかしい、とスプリガンさんを見やると、どうしてかみるみる膨らんでおりました。


「えっ……?」


 わたしは身の危険を感じてゆっくりと後ずさります。

 すると彼もゆっくりと間を詰めてきます。

 その場を離れようとすると、同じ分だけ近寄ってきます。




 違うのですよ、スプリガンさん。

 いまの音は敵意のある威嚇行為などでは決してないのです。




 だ・か・ら、


「お、追いかけてこないでくださいーっ!!」


 ズシン ズシン ズシン ズシン──


「ぎゃーっ!」「みんな逃げろーッ!!」「おい、こっちに連れてくるな!!」「散れ、散れー!」


 空腹の音が発端となったこの騒動は、その場にいたみなさんをしっかりと巻き込んで、星がきれいに見える頃まで続いたのでした。


 わ、わたしのせいなんかじゃないですからね!


(スプリガン 完)

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