閑話 - 幽霊騒ぎ? 暗闇の奥の明かりと声

 ある日の昼下がりのことです。


 先日の山崩れ騒動の報告などを役場に済ませたあと、役場の係のかたに呼び止められました。

 わたしとしては仕事のひと段落の余韻を自室で過ごしたかったのですが、断るに断れない事情があったのです。この男性はこの集落の役場の『地域戦略室』の室長さんでして、かいつまんで紹介しますと、わたしの雇用主……に近いお方なのです。

 このところ山崩れの件で忙しそうにしていて、すこしくたびれている様子がうかがえました。


 わたしは応接テーブルに出されたお茶菓子をつつきながら、先日の騒動に関連して、室長さんからあれやこれやと尋ねられるのでした。


 しばらく山崩れ当時の話を交わしたあとのことです。

 話題はスプリガンさんたちのことにうつりました。


「今回の『ミョーな生き物』てのは、土地の豊かさだとか、寂れ具合だとかにはどういう関わりをもっているんだい?」


 この質問には困りました。

 その情報はわたしは持ち合わせていはいないのです。もちろん、あれから手元にある本は読みました。それでも、彼らについての詳細は手元になかったのです。

 『精霊の相談所』界隈のネットワークを頼って情報はないかと回覧をまわしはしましたが、たとえどこかに情報があったとして、それが届くのは何日も先のことになるでしょう。


「すみません、スプリガンさんの情報が少なくって、わたしも詳しいことはわからないのです。ただ、彼らにとっての『宝物』を守っているだとか、ほかの精霊さんを守っていたりもするそうです」

「そうかい──いや、なんで聞いてるかってえとな、あのあたりを往来する運送屋がおかしなことを言うんだ。夜に通りかかったら穴の中からヒトの声がした気がして、のぞいてみたんだそうだ。そしたら穴の奥にぼんやりと、微かだが光を見たんだってよ」

「ひ、声ッ!? 光……!? やめてくださいよう、わたしがお化けとか幽霊とか苦手なのは、室長さんもご存知でしょう?」


 わたしはソファのうえに身を丸めました。

 苦手なものは苦手、どうしたって仕方がないじゃないですか。


「俺は冗談を言ってるわけじゃない。運送屋が地面に這いつくばって穴の奥を覗いたんだと」

「そんな、のぞくなんて危険ですよ。あのスプリガンさんたち、警戒心がとても強いのですから」

「だろうなあ。何人かがスプリガンにボコボコにされたらしいぞ」


 ああ、やっぱりそうなりましたか。

『超危険! 絶対に近づいてのぞかないこと!』と立て札を立ててはいたのですが、暗い夜道と頼りない明かりでは、立て札に気づけなかったのでしょうか。


「『のぞくなと書かれては度胸を試されている気になる』と言ってたから、立て札は書きかえたほうが良さそうだ」

「ばかなのですかね」


 つい口を打って出てしまいまして、慌ててハッと口をおさえます。

 しかし室長さんは声を上げて大笑いしてくれていました。よかったです。


「どうあれケガ人が出さないことが大事なんだ。地域戦略室なんて名前だけどね、安全を維持するのも務めでね」

「わかっています。そのあたりはお任せします。その、声と光のほうですが……」


 なんだかくだらなくなってしまって、話をもとに戻しました。

 はやく終わらせて帰ってしまいたいものです。自室のベッドが恋しいです。


「あんたが言うように、スプリガンがただほかの精霊を守っているんであればいいが、これが死者の魂だとか幽霊騒ぎとして伝聞して、オカルト愛好家たちが夜な夜な集うような場所になることは避けたいんだ」


 ああ、たくさんのヒトがボコボコにされる未来が見えますものね。

 わたしもそれは賛成でした。


「貴重な遺物が荒らされてはかなわん。いますぐにだって俺が出向いて大切に保管してやりたいもんなんだ」


 悶々とした様子で室長さんが述べた理由は、わたしが想像したのとちょっと違う理由でした。

 これは、もしかして──


「もしかして室長さん、あの金属クズがお好きなのですか?」


 室長さんの顔がパッと明るくなるのが見てわかりました。

 当たりだったようです。


「金属クズはやめてくれ、遺物だ、。10年は趣味にしてるよ。ロマンだよなあ、謎が多くて、何のために作られたのかわからなくて、夢があるじゃないか。それを手元においておきたい気持ちは、男なら誰もが理解してくれるだろうと、俺はそう思うんだよ」


 まさかの遺物の好事家さんでした。

 室長さんのテンションの上がり方が非常に露骨で引いてしまいました。

 しかし残念ながら、わたしにはそのロマン、ちょっとわかりかねます。

 ですが、こんなにも身近に遺物の好事家さんがいたことにはとても驚きました。

 詳しいかたが周りにいないと思い込んでいたので、遺物のことを調べようにも動けなかったのです。


 勝手にテンションが上ってきた室長さんが、口早に熱く語ります。


「俺はね、こう思うんだよ。その声は、光は、ずーっと昔につくられた際の目的をいまなお果たそうとしている遺物なんだ。それを彼らミョーな生き物が守っている。だってそうだろう? ありゃあ宝の山なんだ! あいつらもそれを良く理解してるんだろうさ。彼らがヒトならね、このロマンも分かりあえたかもしらんのだが」

「宝の山といわれましても、食べられるわけでもありませんし、使いみちもないですし……」


 わたしが口を挟もうとするも、室長さんは聞こえない様子でまくしたてます。


「あんたは何だと思うね? 精霊たちが守るほどの遺物だ、きっとそんじょそこいらの遺物とはね、こう、きっと格が違う! そうに違いないんだよな!」

「そういうのはちょっと専門外でして……」


 室長さんの問いかけに答えようとするも、またこちらの話を聞かない様子で話を続けやがります。


「ああー、欲しい、欲しすぎる! なぁあんた、あの精霊たちと話をつけてさ、その声と光の正体を持ってきちゃあくれないか?」


 挙げ句、無茶な要求をぶつけてきやがりました。


「む、無理ですって! わたしが大ケガしちゃいますから!」

「ちょっとくらいのケガはこの際だ、目をつむろうじゃないか!」

「だーめーでーすー! ケガ人を出さないという地域戦略室の務めをしっかり果たしてください!!」

「ぐぬ……っ」


 ぐぬ、じゃないですよ、室長さん!

 なんだかどっと疲れてしまいました。


「わたしもう帰りますよ、室長さん。とにかくスプリガンさんたちが離れるまで、絶・対・に、荒らそうなんてダメですからね」

「む、むう──やむを得んか……いや、しかしなあ……」


 ノリノリだった室長さんが一転、シュンと縮こまってしまいました。

 きっと彼の身近に好きな遺物のことを話せる相手がいなくて、嬉しかったのでしょう。



 だけど仕方ないじゃないですか。金属クズに手を出して、万が一彼らの怒りをかってしまっては、この集落にも何が起こるかなんてわかったものではないのですから。

 今回の幽霊騒ぎによって被害が出ているわけでもありません。いえ、運送屋さんがスプリガンさんに殴られたのは別として、です。

 だからその声と光の正体は、彼らあの山を離れてからゆっくり調べればよいのです。



 それにしたって、いい大人がそんなあからさまにシュンとしないでくださいな。

 わたしは小さくため息をついて、話しかけます。


「あの、室長さん」

「ああ、山には触れんよ、心配しないでくれ」

「違いますよ。遺物のこと、また今度聞かせてください。遺物のことはともかく、あのコたちのことならわたしも知りたいですからね」


 つい放っておけなくて、フォローしてしまいました。


 わたしがそう伝えると、室長さんの顔が明るさを取り戻しました。

 そしてとびきりの笑顔で言葉を返してくれます。


「なら今度、あんたには秘蔵のコレクションを見せてやろう!」

「ああ、はい、あははー……」


 室長さんが喜んでくれてよかったのですが、これはちょっと面倒臭さそうな話になってしまいましたかね。

 わたしは苦笑いのまま、役場をあとにしたのでした。


(閑話 - 幽霊騒ぎ? 暗闇の奥の明かりと声 完)

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