スプリガン③

 しかし威嚇こそされど、彼が襲ってくることはありませんでした。

 わたしは刺激をしないように少し距離をあけて、地面に本を広げます。

 彼が何者かを、わたしは知らねばなりません。


 わたしの愛用の本には、インデクス代わりに付箋をびっしりと貼りつけてあります。名前から探す分には目次からすぐに見つけることができるのですが、容姿や特徴から探すことはできません。

 だから付箋に精霊さんの特徴を書き記して、わたしなりに探しやすくしてあるのです。


 これで結構勉強熱心なのですよ。

 かつて面倒を見てくれた先生の受け売りなのですけどね。


「黒い、仮面、小さくて──あ、ありました」


 彼のことが書いてあるページは、すぐに見つけることができました。


 彼はスプリガンさんと呼ばれるそうです。

 本によると、彼らは何かを守っている精霊さんで、何かしようとすると何か仕返しをしてくるが、何もしなければ何もしない。一匹であれば小さいが、大勢集まると──


 ユラり


 読み進めていると、ふと視界のすみが少し暗くなった気がして、わたしは顔をあげました。嫌な予感がしたのですが、しかし目の前にスプリガンさんが一匹いるだけで変わりはありません。


 ──気のせいですかね。


 わたしは再び本に視線を落としました。

 えっと、一匹であれば小さいが、大勢集まると家ほどの大きさにまでなる──


 ヌラり


 すると、また視界が少し暗くなった気がして顔をまた上げてみました。

 ですが、変わりはありません。

 ……と思ったのですが、しかしお姉さんが不安を含んだ声でわたしに尋ねるのです。


「ねぇ、相談所の先生? なんだかその子、大きくなっていません? この暑さで私の目がおかしくなってるのかしら……」

「えっ?」


 改めてスプリガンさんをよく見てみました。

 相変わらず木の棒を打ち鳴らして威嚇してきますが、よく見ると、たしかに手にしている木の棒が縮んだようにも見えました。


「まさか──!」


 ハッとしました。

 わたしは慌てて身をひねり、彼の背後をのぞきます。


 すると──


 ああ、やっぱりいました。


 わんさか湧いています。


 小さな小さなスプリガンの群れが、わたしを威嚇するコの背後から押し寄せては、プニョン、プニョンと彼に吸い込まれています。


 どんどん膨らむ目の前のスプリガンさん。


 それを見て慌てて逃げ出すお姉さんたち。


 置いていかれるわたし。


 これってピンチ?

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