スプリガン②

 精霊についてのいくつかの本をリュックに詰めて、集落からそこそこの距離を歩いてきました。

 日差しが強く、暑さで汗が止まりません。


 途中ですれ違うひとに尋ねてまわり、ようやくそれらしい人だかりが見えてきました。

 崩れて塞がった道を開けようと、男性たちが汗をぬぐいながら作業をしています。


「ごきげんよう、相談所の先生。呼んでくるよう頼んでいたのだけど、来てくれたのですね」


 わたしに気づいたお姉さんが声をかけてきました。

 先生だなんて、その呼ばれ方はわたし照れてしまいます。


「こんにちは。これはまた……大変なことになってますね」


 目の前にはおおきく崩れた山肌。流れ落ちた土砂とともにいくつかの木が倒れて、岩が落ちていました。

 そして、かつて山の斜面だったはずの場所からはたくさんの金属のオブジェがあらわになっています。


「崩れたところからまとまった量の遺物が出てきまして──」


 それはわたしたちが『遺物』と呼んでいるものでした。

 ご先祖さまたちが生きるには欠かせないものだったとの見解が一般的ではあるのですが、四角い箱やパイプの数々など、使い方や何のために造られたものなのかその実態は曖昧で不確かです。


「どこにでも埋まってるものなんですね、この金属たちは」

「事態が落ち着いたら、あちこちの物好き連中に売り払おうってみんなで話していたところです。そこそこの食糧や資材と交換してくれるだろうって」


 それでも世の中変わりものというのは絶えずおりまして、このスジの好事家こうずかたちにしてみればきっと垂涎すいぜんものに違いないのでしょう。ほとんどが役に立たなくて、重いし、油臭い。こんなものを欲しがる彼らの気持ちは分かりかねます。


 これが焼きたてのパンであれば軽くて香りも良くておいしくて、みんなが幸せになれると思いませんか? 焼きたてパンには埋もれていてほしくはないのですけど。


「それでね、ほら、あの横穴見える?」


 お姉さんの指すほうに目をうつせば、遺物の山に小さく空いた穴が見えました。


「ねずみかなにかの巣……でしょうか」

「私たちもそう思っていたのよ。でもそれがね、ミョーな生き物が住んでるようで……あれ、聞いてません?」

「いえ、ミョーな生き物がいるとは聞いてますけど」

「なら話が早いわね」


 早くないですよ、お姉さん。わたし、それが何者なのか聞いてないのですから。


「ミョーな生き物っていうのは、一体なんなんです?」


 仕方なく尋ねるわたしに、しかしお姉さんは困った様子で首をかしげました。


「それがわかっていれば、ミョーな生き物だなんて言いかたをしないのだけれど……?」


 『ミョーな生き物』は伝言ゲームによってうやむやにされた表現などではなかったのですね。


「とにかく先生、穴のなかのミョーなのが何者か見ていただけませんか?」

「ええ、わかりました」


 何かわからないのなら見てみるしかありません。

 わたしはおそるおそる小さな穴へと歩み寄りました。すると危機を察知してか、穴のなかから何かが出てきました。


 シャーッ カン カン カン


 それは仮面のようなものをつけて木の棒を握りしめた、黒くて丸っこいミョーな生き物でした。大きさはヒトの頭くらいでしょうか。


 彼はずっと棒で地面を叩いています。


 どうやらわたし、このコに威嚇されているようです。

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