スプリガン①

「ぼっちさん! ああ、居た、よかった。あんた暇だろう?」


 集落のおじさんがドアをノックもせずにがちゃりと開けるや、慌てた様子で尋ねてきました。


 ええまあ仕事場ではぼっちではあるのですけど、その呼び方は承服いたしかねるのですが。というか、どうしてその呼び方が広まっているのですか。

 それに仕事場にこもっているから暇だと決めつけられるのも誠に遺憾でありまして──


 ──というもろもろをグッと飲み込んで、わたしはいたって社会的な微笑みで返します。


「報告書の整理なんかをしていて暇ではないのですが──」


 けれど悔しいので仕事してることはアピールしてやりました。


「そんなに慌てた様子で、ノックすることも忘れて飛び込んでくるなんて。何かあったのですか?」


 そして入るときはノックをしてください、と言葉を変えて刺してやります。

 大人の対応というやつです。


 しかしそんなことは気にすることなく、おじさんは話を続けました。


「それがよ、むこうの山がドサーッと崩れたようでな──」


 どうやら予想以上に大変な出来事が起こっていたようです。


「も、もしかして、けが人がたくさん出たのですか!?」

「いや、けが人はでてないようなんだ。しかしな、ミョーな生き物が出てきたってんで、こりゃあぼっちさん案件だろうと伝言にきたんだ」


 けが人が出ていないのは安心しました。

 しかしミョーな生き物ですか。それは確かにわたしのお仕事なのかもしれません。


 それはそれとして、


「その『ぼっちさん』と呼ぶのはやめていただけませんかね」

「ん? ああ、気をつけるよ、ぼっちさん」


 気をつけていただきたかったのですけどね。

 ぼっちさんと何度も言われると、わたしだって哀しくなるのですよ?


「まあ、大変そうなのはわかりました。だけどその『ミョーな生き物』というのはどんなコなんですか?」

「どんな……なんかモサモサしてるだとか、フサフサしてるだとか、大きいだとか小さいだとか言ってたな」


 なんだかいまいち形容がさだまりません。


「あの、もしかしてあなたは見ていないのですか?」

「ああ、伝言を任された若者に伝言を任されてな、なにが出てきたのか実のところよく分かってないんだ」

「もう、なんですかその伝言ゲームは」


 そういうことであれば、これ以上おじさんに尋ねても何も分からないでしょう。

 仕方ありません。現場におもむいて実物を見てみるしかなさそうです。


「わかりました、それじゃあ準備して向かいますから、その崩れたっていう場所を教えていただけませんか?」

「ふむ」


 尋ねてみると、おじさんは指をあごに当てて考え込みます。

 ああ、この様子は──


「実のところよく分かってないんだ」


 でしょうね。


「あなたの最初の慌てようはなんだったんですか、もう……」


 わたしは仕方なく、おじさんが伝言を頼まれたという方角に向かうことにしました。

 それだけ大ごとの様子なら、きっとすぐに分かることでしょう。

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