閑話 - ひつじたちのバラッド

『寝るとき、ひつじを数えることはありますか?』

『ひつじたちに囲まれる夢を見たことはありますか?』


 わたしはそんなことを集落の方々に尋ねてまわりました。なぜならあの日に見た『数えひつじ』たちがどれだけたくさん生まれてきているのだろうかと、すこし気になってしまったからです。


 結果から申し上げればあまり有益なお話はないのですが、すこしだけお付き合いくださいな。



「子どもの頃にゃあやってたが、今そんなの数えていたらいつまでも眠れやしねえやな、はっはっは!」

 それはそうかもしれません。数えるのに夢中になってしまいますからね。


「だめなのよ、私、数えてると白と黒だけじゃつまらなくって、そのうちいろんな色のひつじが出てきて楽しくなっちゃうのよね」

 とてもわかります。わかりみが深いです。


「あるある! 柵をぴょんと越えるんだろ? したら柵がどんどん高くなってさ、でもこう、くるん、ひょい、て飛び越しちまうんだ! ひつじってすげぇよなあ。あとね、黒いのはレアなんだ」

 うーん、そうですか。


「最後の1匹になるまでなぁ、数えたもんさ。そりゃあ血で血を洗う決死の戦いじゃったが──」

 わたしとしては、もうちょっと平和な数えかたをしていただきたいのですが……

「ほかの世界じゃあ大きなツノを生やした悪魔のような黒いひつじがおってなぁ、白いひつじたちは──」

「はいはい、お爺さん、ストップー!」

 妙なダークファンタジーが続きそうなので止めてやりました。ていうか、ほかの世界ってなんですか。気になっちゃうじゃないですか。



 ──とまあ、ざっくりとそんな具合の聞き込みに終わるのでした。ひつじの数え方にもヒトの個性が輝くことがよくわかりました。


 そもそもの話になってしまうのですが、この集落はとても平和です。それこそ、ザ・スローライフです。決して裕福なところであるとは言いがたいのですが、みなさんで助けあって、必要なときに必要なだけ分けあって、感謝しあって、そうして成りたつ小さな集落なのです。

 眠れないほどのストレスを常々抱えているようなかたは、そうそういらっしゃらないのですね。


 もちろん、瞬間的だったり、ある数日間にそういったストレスを抱えてしまうかたはきっといらっしゃいます。それでも、寝るためにまじめにひつじを数えるかたはいなかったのです。


 だとすればです。


 どこかの見知らぬ誰かさんがどうしても寝れないのだと日夜たくさんのひつじを数えているのではないでしょうか。けれどその誰かはゆっくり寝ることもできなくて、だから生まれたひつじたちは満足にあの草・・・を食べられなくて、彼らが空に浮かんで消えることもなくて、そうして数が余ってしまうのではないのでしょうか。


 ぜんぶ想像でしかないのですけどね。

 ひつじたちに出会ったあの日、わたしはひつじを数えてはいないのです。


 どうかその誰かが、夢の世界のひつじたちに癒されますように。






 あ、そうそう、お爺さんの話の続きなのですけどね──


 大きなツノを生やした悪魔のような黒いひつじの世界ですが、ある白いひつじが仲間たちの犠牲に奮い立ちその毛が真っ赤に染まるのだそうです。

 そして怒りのひづめパンチを放って黒いひつじを倒すと、あたりに動く者はすでになく、愛する者もなく、世界に取り残されたただ1匹のひつじとなったところで終わるのだそうです。

 ひつじさん絶滅まっしぐらです。

 バトルロイヤル方式ではなくて、もうちょっと穏やかに数えられなかったものですかね。


 ──え? ええ、お爺さんに話を聞き直してきましたとも。


 だって、気になって眠れないじゃないですか。


(閑話 - ひつじたちのバラッド 完)

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