閑話 - 湖のウンディーネ
その昔、湖には美しい女性の形をした精霊たちが住むのだと伝えられていました。
その精霊はとても美しく、湖そのものが美しいから、彼女たちもまた美しいのだと評されました。
彼女たちは湖を愛でる者に癒しや開放感を与え、湖を汚す者にはひどく罰を与えました。
湖や湖畔で悪いことをするヒトには、その湖の底に連れて大変恐ろしい思いをさせるのだといいます。
水の中で苦しみもがく中で与えられるその恐怖は、ヒトがヒトで居られない程に凄まじいものなのだといいます。
その昔、湖畔に近い家に二人の子どもが居ました。
生まれた時から美しい湖と広々としたその湖畔で育った彼らは、大層、湖のことが好きだったといいます。
「パトロールだ!」
そう言って、湖畔でゴミを捨てるヒトをやっつけたり、あるいは湖に浮かぶゴミを片付けたり、日々駆け回っていたのだといいます。
そんな彼らを、彼女たちウンディーネは心から愛情を示しました。
彼らの汲む水には混じり物が少なくなるように、パンが美味しく作れますように、健やかでいられますようにと。
彼らの親はパン屋さんだったのだそうで、その味が近隣の方にもとても気に入られていたようです。
ある時、他のパン屋さんの店主がどうしてあのお店は美味しいのか、同じ小麦、同じ湖の水を使っているのにと不思議に思いました。
その店主は秘密があるに違いないと、その作り方を盗み見ますが、特段変わったことはしていません。
ならば小麦農家が良質なものを回しているに違いないと尋ねてみましたが、そんなことはないのだと返されました。
それでは水に違いないと、子どもたちの水汲みの様子を窺います。
しかし、やはり湖の水をただ汲んでいるだけでした。
ここはタダで引き下がるわけにはいかないと、子どもたちに声をかけました。
「なあ君たち、君たちは特別な水を汲んでいるのかい?」
「いいや、いつも湖の水をただ汲んでるだけさ」
確かにその通りでした。
しかし彼らのバケツを見ると、それは混じり物がなく、ただでさえキレイな水ではありましたが、それよりも尚、澄んでいたのだといいます。
それを見た店主はこう言います。
「特別な水の汲み方があるのだろう?教えてくれないか」
しかし子どもたちは答えます。
「そんなものあるもんか、湖はきれいさ、ただ汲むだけでいいに決まっているじゃないか」
しかし店主は納得がいきません。
「そのバケツを見せてくれ」
秘密を知りたい気持ちを抑えられなかった店主は強引にバケツを取り上げようとしました。
するとバケツを持った子どもはバランスを崩してしまい、湖へ落ちてしまいました。
店主は焦り、動揺し、逃げ出します。
もうひとりの子どもは泣き喚きながら落ちた子どもを助けようとしましたが、小さな身体ではどうすることもできず、同じように湖へ落ちてしまいました。
そうして、二人は亡くなったのだといいます。
店主はというと、二人が発見された同じ日に湖畔の別の場所に倒れていました。
何があったのかと尋ねても何も答えられず、その後は水が恐ろしいのだと飲まず食わずの廃人となり、やがて亡くなったのだそうです。
この話となると、なぜ湖のウンディーネたちが子どもたちを助けなかったのかが度々議論にあがるそうです。
しかし、そんなことは今のヒトにわかる訳がありませんよね?
だってそれはもう、全てわたしたちの想像、全てファンタジーでしかないのですから。
けれどわたしは、湖に落ちた彼ら二人がいまも湖に愛され続けているのだと、そう主張します。
だって、彼らは大好きな湖と湖畔でずっと遊んでいるのですから。
ええ、もちろんこれもただの想像ですとも。
でもいいじゃないですか、どうせこれは全部、わたしのファンタジーなのですから。
ハッピーエンドが好きなんですよ。
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