第3話

「それで、相談というのは?」


 男子生徒を椅子に座らせ、俺と先輩は対面する形で話しを聞く姿勢をとった。


 男子生徒は何かを伝えようと口をぱくぱく動かすが、それは言葉にならず、空気の中へと消えた。その度に視線をキョロキョロとさまよわせている。

 細いシルエットと不安そうな表情とが合わさって、気の弱さが印象的だった。


 微妙な空気が続き、どうしようかと悩む。

 相談を受付ている我が心理サークルとしては協力するつもりだ。

 けれど、相談者が話してくれなければなんとも出来ない。

 何か世間話しでもして場を和ませようと今朝のニュースを思い返していると、意を決したのか男子生徒が口を開けた。


「昨日、花瓶を割ってしまいました。どうすれば良いか教えてください!」


 口の端を強く結び、震える手で拳を作り膝の上に乗せ、深く頭を下げる彼はそういった。


「……は?」


「あ、あの、えっと、一年一組の、教室の鞄置きの棚で、その上にあった花瓶です!」


 必死に花瓶があった場所を伝える男子生徒、しかし要点はそこではない。


「えっと、何で花瓶を割ったんだ?」


「わざとじゃないんです! 本当は今日謝りに行こうと思って、でも一歩踏み出せなくて……」


 まるで懺悔するかのように一人言葉を並べていく男子生徒、最後にはあーしてればと過去を悔い改めてしまう始末。


 聞き方が不味かったのは反省しよう。相談者の心を無闇に揺さぶった俺が悪い。


「いてっ!?」


「君はお茶でも淹れなさい、ここは部長の出番だ」


 すれ違い様に肘打ちをする風野先輩はそういって、男子生徒へ近寄り同じ視線になるよう腰を落とした。

 先輩から話題を振ったのか、男子生徒はぼそぼそと話し始める、そこに先輩の相槌が入り会話のリズムが整っていった。


 先程まで、陸に上がった魚のようだった彼は落ち着きを取り戻したらしく、会話を進めていた。


 さて、お茶でも淹れようか。

 あとは先輩に任せてお茶でも淹れようとポットを探す。


 ふと、我に返った。


「部室にポットなんかねーじゃん」



 ○●○●○●



「先輩、お茶買ってきました」


「うむ、ありがとう。ほら君も」


「あ、どうも」


 ペットボトルの蓋を開け、中身を傾けながら先輩から詳しい状況を聞いた。


 男子生徒、もとい青木 光弘(あおき みつひろ)は一年一組の生徒である。


 昨日の放課後、教室へ忘れ物を取りに戻った彼は、無事に忘れ物を見つけ教室を出ようとしたのだ。


 その際、鞄に何か触れたような気がしたらしい。けれど気にせず戸を閉じると、ガシャーン、というガラスの割れる音が背後からしたという。


「なんだ、今の音は!」


 そこに、一年二組の教師、みんなから鬼教師と呼ばれる先生の怒声に驚いて教室を後にした青木学生。


 帰り道の途中、音の正体が気になった彼は再び教室に戻り、自分の想像したあらすじに従って花瓶と、花瓶が落ちそうなポイントを探った。

 結果、花瓶は無く、花瓶の手前辺りである床が湿っていたということであった。


「はい、おしまい」


 締めくくった先輩は俺が買ったお茶を半分程飲み干し、青木に顔を向ける。


「状況はこんな感じかな?」


「ほとんど合ってます」


 憂鬱そうな表情で、買ってきたお茶の容器を擦っていた。


「よし、じゃあ私は用があるので一旦失礼するよ」


「ちょ、先輩!?」


 何故かこの場から退出しようとする先輩の肩を掴み止めた。


 顔だけを振り向かせる先輩、その表情は可憐な微笑。


「……何か分かったんですか?」


「小野 翔真君、ヒントは花瓶とフォールスメモリだ」


 それだけいうと、俺の手を振り払い部室を出ていった。


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