第60話

 徹夜の疲れを癒やすべく眠りについた乃雪は夕方まではまず起きてこないだろう。

 俺としては乃雪には引きこもりである部分はともかくとしてもできる限り健全な生活を送ってもらいたいものなのだが……、しかし今回ばかりは乃雪に文句を言うのは難しい。


 なにせ乃雪の調査した内容は、現在の状況をひっくり返す切り札になりかねないものであったからだ。


 それはそうと、俺は現在、隣町にあるレコード店へと来ていた。

 今のご時世、CDなどを売っているレコード店の多くは閉店の憂き目に遭っている訳だが、隣町にあるレコード店はそれなりに大きめのところで仕入れている数も多く、店頭は多くの客で賑わっている。


 また、乃雪情報によるとここは発売時での店舗特典などを多く取り扱っているらしく、店舗独自のイベントなども多いと聞く。うちの地元に住む音楽好きにとってはメッカと言っても差し支えのない場所であるらしかった。


 なお、俺はと言えば音楽に関しての知識は皆無。知っているのは校歌と童謡、あとはスーパーやコンビニの店内有線で流れまくっている有名曲をサビなどだけ知っているくらいのものだった。


 中高生くらいなら基本付き合いなどで有名曲くらいは知っているものらしいが、付き合いのない俺には関係のない話だ。無趣味で付き合いのない俺こそが無駄遣いを無くせる究極のエコ人間。そろそろエコを体現した男として学会から表彰されても良いだろう。友達、失くそう!


 そんな俺が何故レコード店などという無縁の場所に来ているかと言えば、乃雪のよるおつかいを頼まれたからだ。


 曰く麗佳詩羽の新曲が今になって発売されるらしい。


 聞けば活動を休止する前に収録は済ませておいたらしく、活動再開の目処がいつになるか分からないのであれば休止中であっても早めに出してしまえという感じであるらしい。


 まあ版元的には休止中であっても話題を継続させたいとか、そういった意図があるとかないとか。他には今までのシングル曲の纏めアルバムとか、そういったレコードの発売が予定されているらしい。営業努力が忍ばれる。


 それはそれとして、新曲なんてネットで曲だけ買えば良いのでは……と思ったのだが、乃雪としては形としてCDが欲しいほか、ここでの店舗特典も欲しいとの事だった。ファン心理という奴なのだろうか。


 そういう訳でレコード店に来ていた俺は早々に指示されていた麗佳の新曲を購入し、ちゃんと店舗特典も入手した。店舗特典は二つあった為、結局は同じCDを二つ購入した。こういうので闇を感じるのは俺が古い人間だからであろうか。


 そして、レコード店を出た俺だったが、すぐさま向かいにあるファーストフード店に入り、窓際の席に座った。隣には敷居の高い喫茶店があったが、あそこはタールだかトールだかの呪文を唱えないと商品を注文できないらしいので、中二病を卒業した俺には縁のない場所だ。


 ぼっちでファーストフード店にてコーヒーを飲んで待つ事、一時間強。


「……ホントに来たよ」

 俺の視線の先にいるのは、春先であるにも関わらず厚手のコートを付け、ニット帽を被り、さらにはサングラスを掛けた一見して怪しい人物だった。

 その人物が体つきからして女性と言うのが分からなければ、周囲から距離を取られてもなんらおかしくのない格好だ。


 そいつがレコード店の店先にある麗佳詩羽の新曲CDを三枚取るのを確認した俺はファーストフード店を足早に出て、再びレコード店に入る。


 そして、レジで麗佳詩羽のCDを購入、特典をきちんと受け取って、レジを後にした厚手のコードを羽織った人物に俺は声を掛けた。


「驚いたよ。お前がよもや『麗佳詩羽』のファンだったとはな――――舞島」

 例え厚手のコートを羽織り、ニット帽を被り、果てはサングラスを付けたとしても、栗毛色の派手な髪色は隠せていないし、何より高校生にしては大きい胸は厚手のコートであっても中の丸みが分かってしまう。


 そんな決定的瞬間を俺に確認された舞島の奴が取った行動は――――


「痴漢、痴漢、痴漢!!!! この人、痴漢です!!!」


「お前、幾ら何でもそれは酷すぎじゃねぇかなぁ!!!!」


 瞬間的に俺は店員数人に捕らえられ、レコード店の床に組み伏せられてしまうのだった。

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