第51話

「ごめんなさいね、用事ってのはデタラメなの。ホントは昼休みに貴方を見かけたら、なんでか死にそうな顔してたから。それに貴方からは『今日の舞島対策会議は延期しよう』ってメールが来たから、ピーンとね。それで用事だってウソ吐いて、貴方の後を追ったら一年生の教室棟に行くから」




「舞島との話を聞いてたのか?」




「ううん。でも、分かるわよ。何かしら弱味を握られちゃったってところかしら」




「…………、そこまでお見通しか」


 観念した俺は舞島との話合いの事を包み隠さず打ち明けた。




 麗佳を裏切るよう命令をさせられた事、麗佳や俺の情報を舞島に流した事などなど……最早隠し立てできるような状況ではなかった。






「……舞島ちゃんの私への執着も凄いわね。まさか私じゃなくて、円城瓦君を狙ってくるなんて」




「お前、本当に舞島にやった事、分からないのか?」


 そんな俺の言葉に麗佳はかぶりを振る。




「残念ながら検討もつかないわね。もし思い出せたら謝れるんだけど……その何かが分かっていない以上、謝ったら逆効果になっちゃうわね」


 はぁ、と麗佳は溜息を吐く。






「それじゃあ」


 そう言って俺は麗佳に背を向ける。




「え、ちょっと? まだ話は終わっていないわよ」


 すると、麗佳は不思議そうな声を俺の背中にぶつけた。思わず、振り返って言う。




「……いや、分かるだろ? 悪いが、手詰まりだろ。お前には悪いが、手を組むのはここまでだ。今後はお前の敵になる。敵になった以上は、こうして会うのは無駄だ」




「ふふっ、嫌になるくらい合理的な事を言うのね、貴方は」


 破顔する麗佳とは違い、俺は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。




 ……まあ、俺は親父と血が繋がっているんだし似て当然か。






「でも、顔はまだ納得していないようだけど」




「……は?」






「まだ顔、死んでいるわよ。そんな顔で乃雪ちゃんのところに戻るの?」


 麗佳はさっきもそう言って家に帰ろうとする俺を引き止め、この場所に連れ出したのだった。




 ……痛いところを突くな、こいつも。妹の事を教えたのは失敗だったかも知れない。




「円城瓦君、納得いってないんでしょ? だから、そんな顔してる」




「馬鹿言え。俺は人間的に最悪だぞ。人を裏切るのなんてそれこそ日常茶飯事で……」




「乃雪ちゃんの言うとおりね。なんて見事な萌えキャラ」




「…………」


 いや、それ乃雪が勝手に言っているだけだからね?


 とか言っても、もう通用はしないだろう。




「……まあ、裏切るってのが少し気に咎めるのは、あるさ。けど、仕方ないだろ? 俺には目的がある。バトルロイヤルに勝って、乃雪を助けるって言う目的が」




 俺は乃雪を助ける。それが俺の贖罪だから。




 その為には手段を選んではいられない。俺はずっと自分に言い聞かせてきた。




 今こそ、その時が来た。ただ、それだけだ。


 そこに俺の感情など不要だ。そうしなければならないのなら、そうするべきだから。




「私としては――――」


 麗佳は、言う。






「私としては円城瓦君とはこのまま、仲間になっていて欲しいわ。だからこうして交渉に来たのよ」




「交渉って……。もう俺には手が残されて――」




「円城瓦君がそう言うのなら、そうでしょう。舞島ちゃんが握っているカードを覆すのは難しいわ。けど、もしかしたらまだ手があるかも知れないじゃない」




 だから、と麗佳は続ける。




「円城瓦君が状況の合理性から私を裏切ると言うのなら、私は貴方の感情に訴えるわ」




「感情?」


 反芻する俺に対して、麗化は「そうよ」と頷く。






「私の事情を聞いてもらって、それで私の側に居てもらう。だって私もバトルロイヤルで勝ちたい。叶えたい願いがある。貴方に裏切られて、それでいて舞島ちゃんとで攻めて来られたら幾ら私でも負けちゃうもの。だから、裏切られないように努力する。それが私の合理性」




「…………」




「それに裏切る事を割り切れないくらいには、円城瓦君は良い人だもの。そこが隙ってやつね」



「……分かった。元、仲間のよしみで話は聞く」




「まだ仲間でしょ? まぁ、私の策が不意になれば、結局はそうなるでしょうけど」


 麗佳はそう言って微笑んだ。




 どうして裏切り者になるであろう俺に対して、そんな顔ができるのだろう。




 きっと俺は、麗佳もまた、他の奴と同じような目つきをするのだろうと、そんな事ばかり思っていたのに。

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