第52話

「じゃあどこから話そうかしら。私が芸能界で活躍中だったってのは知ってるわよね」




「確か今は活動休止中とか言ってたな」


 そんな事を乃雪が知っていた気がする。




「活動休止の公式的な発表は『学業を優先させるため』ってところ。まあ実際に忙しくて学校にはあまり来られていなかったし、出席日数も学校に便宜を図ってもらってどうにかって感じだったから、それも間違っていないわ。……この辺りは知らない? ネット辺りを調べてたら、少しは分かると思うけど」




「いや、俺が知ってたのは、休止してるってとこまでだ」




 活動休止について、その理由を俺は調べる気にならなかった。


 どうしてだろう。調べてはいけない気がした。




 調べなかった理由を俺が理解したのは、この後の彼女の言葉を聞いたからだった。




「でも、公式的な理由はただの建前でしかないわ。本当の理由は――――」




「成程。『炎上』――か」




「さすがね、正解よ」




「『炎上』は俺の庭みたいなものだからな」




「そんなのが庭って、凄い環境ね……」


 軽口を返しながらも、その表情には諦観が浮かんでいた。




 『炎上』を経験したのであれば、まあそんな顔にもなるか。






「私の場合はマネージャーさんとの熱愛疑惑が浮上してね。ご丁寧に写真まで撮られちゃって……。それ、CD収録の労いとしてマネージャーさんがご飯を奢ってくれたってだけなのにね、はは……」


 麗佳は力なく笑った。やるせなさが滲み出ている、掠れた笑い声。






 まあ、そんな証拠っぽいのが世に出ちまったら……、待っているのは想像できる。






「散々な事を言われたわ。詐欺だとかアイドルの自覚はないのか、とか汚い歌声をずっと聞かされていた身にもなれ、とかね。それ以上に酷い暴言も目にしたわ。手紙とかSNSへの公式リプとかもに寄せられた暴言は、周囲の人達が私の目には触れないようにしてくれたみたいだけど……」






「…………」


 そう言った事を受け止めるのは難しい。女子高生且つそれまで人気者であったのなら尚の事だ。




 むしろそんな事があって尚、麗佳がまだ人気を保っていると言うのが驚異的な訳だが……。






「まあ撮ったのは一般人で、その出処もSNSの片隅。それほど多くの人に知れ渡った訳ではないし、誰もがそんな噂を信じた訳じゃないわ。けれど……、それでも、やっぱり辛かったわ」


 でも、と麗佳は語る。






「辛かったのは言葉がまったく届かなくなる事だったわ。公式HPに謝罪文を挙げたけれど、収集についての効果はあまり期待できなかった。ああなってしまって、それを信じ切ってしまったら、もう私の言葉はあまり意味がないんだって知った」




 それが炎上の恐ろしいところだ。


 炎上を効果的に沈静化させる事は非常に難しい。




 なぜなら火をくべる相手はもう真っ直ぐには、こちらを向いていない。




 揚げ足取りや過去からの発言から都合の良い部分を曲解することに終始する。




 当然、中には正当な意見もあるだろう。ただ、火をくべる者の視点があまりにも明後日の方向を向いている事の方が多すぎる。




「……私はファンの人達が大好き。だって応援はいつだって私に力をくれた、頑張れた。けど、今回の件で不特定多数の人が怖くなった。それも、情けなかった。ファンの事を少しでも怖がった私が情けなくて仕方なかった」




「……それはしょうがないだろう」


 多くの者から否定的な意見を送られる。




 暴力的な表現や、それ以上の残酷な言葉も。




 そうなれば、怖がっても仕方がない。むしろ、それが普通の感情だ。






「ウソを吐いた憶えはなかった。私はアイドルじゃなくて歌手だし、男の人と付き合わないなんて言った憶えはない。……まあ、経験はなかったし、今回の件も誤解。それで好き勝手言われたのは……、やっぱりちょっと悲しかったわ」






 麗佳は言葉を続ける。

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