第50話

「缶コーヒーで良かった?」


 麗佳はそう口にしつつ、俺に対して缶コーヒーを手渡しする。




 眼下では街並みが視界いっぱいに広がっている。西の空には橙色の太陽が浮かんでいて、あと数十分もすれば夜の帳が訪れるのが分かる。




今、現在、俺は麗佳に連れられて、市街地からは外れたところにある高台に来ていた。




 ここなら俺が麗佳と一緒に居たところで、誰かに見つかる心配はないだろう。例え、麗佳と俺が一緒にいるところを見られたとしても、あまりのミスマッチに俺の存在は幻覚か何かだと思われるだろうし。

まぁ、少なくとも麗佳のフォロワーを下げる心配はせずに住む。




 ――――などと考えたところで、もう麗佳のフォロワーの心配などする必要はないと分かる。




 なぜなら俺はスパイとなって麗佳を裏切ると決めたのだから。


 なら、積極的に麗佳のフォロワーを下げる策を取った方が合理的なのに。何を考えているのだろうか、俺は。




 一方の麗佳はミルクティーを一口飲みつつ、口を開いた。




「どう? ここ、実は私の好きなところなのよ。嫌な事とか悩みとかあった時によく来るのよ」




「決め顔で言っているとこ悪いけど……ちょっと、寒くない?」


 季節はまだ春に入ったばかりで、寒さを少し残している。高台に上がって風が強くなると、薄手の制服姿では寒かった。




 とは言え、俺はそれを見越してホットの缶コーヒーを飲んでいる訳だが、一方の麗佳は冷たいミルクティー。なんならちょっと小刻みに震えてるし。




「じょ、女性はオシャレの為に我慢するものなの」




「見せる相手がいるならそりゃあ、まあ格好つけるのも良いけど、ここ俺しかいないじゃん」


 俺が相手ではオシャレをする意味も無いだろうに。




「良いじゃない。私は円城瓦君が居るなら、少しくらい寒さは我慢するわ」




「…………缶コーヒー、飲む?」




「……じゃあ、ちょっとだけ」


 なんか変な空気になりかけた気がするので、紳士ぶった行動でフォローする。




 既に缶コーヒーは空いていて、当然俺は口を付けていた訳だが……。


 まあ、高校生になって間接キスくらい気にしないだろう。






「…………」


 すると、缶コーヒーを口にちょびっと含んだ麗佳はほんのり頬を赤らめた。




 ……そういうのマジ止めてくれませんかね。うっかり惚れたら、まーたフラれて俺の黒歴史増えんじゃん。終いには黒歴史によって悪に目覚めそう。






「やっぱり円城瓦君って、良い人よね」




「それはない」




「舞島ちゃんと会ってたんでしょ?」




「……エスパーかよ」


 リア充ってそんな事まで分かるのか? 

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