第30話
はぁ……と俺は嘆息しつつ、そして小声で言う。
(お前、ひとまずこっからズレて、離れたとこで着替えろ)
(な、なに言ってんのよ! それじゃあ誰かに開けられちゃうかもしれないじゃないの!)
そこは麗佳の言うとおりだった。
彼女が使っているという体でなくては、このロッカーは未使用だと思われてうっかり開けられてしまう危険性が生じる。
そうなれば俺の社会的ステータスはそこで終わる。
だが、最早そうも言ってられない状況だ。
(って言ってももう仕方ねぇだろ。それにこのロッカーはかなり端。となれば使われる可能性はかなり低いんじゃないか?)
などと口からデマカセを言う。
心理学的にはどちらかと言えば真ん中よりも端にあるものの方が選ばれやすいそうだが……、とは言ってもこんな状況で正論を言って麗佳を困らせても仕方がない。
ここは彼女を素直に着替えさせてあげる方が良い。
(でも、そうしたらあんた隙間から他の娘見ちゃうじゃないのよ!)
(我慢する)
できるかどうかはさておき……。いや、この場合はこいつに悪いからマジで我慢するかもしれない。俺はこいつの背徳感を無視して覗きに走るほどの馬鹿じゃない……と思いたい。
(で、でもホントに開けられちゃったら……)
(そうしたらこのバトルロイヤルを優勝した願いでどうにかする)
取らぬ狸も思わず吹き出してしまうようなデマカセ。しかし、この場がどうにかなれば良い。
しかし、
(……いや。そんな無責任な事できないわ)
麗佳が口にしたのはそんな言葉だった。
……どこまで人間できてんだよ、こいつは。
(無理すんな、ホント。俺なら問題ないから)
(駄目に決まってんでしょ、そんなの)
(じゃあちょっとしたストリップ劇場やるってぇのかよ! できんのか!? 無理だろ!)
当然無理に決まっているだろう。
なんだったら俺も無理だ。青春アンチとかいうその実、現実での刺激にまったく耐性のない陰キャなんかに、いきなり下着姿なんか見せたらリアルの過剰投与でそれこそ死んでしまう。
リアルは用法用量を守って正しく摂取しなければ。最早、自分で何を考えているのか分からなくなってきた。俺はもう駄目かも知れない。
そんな中、麗佳は、
(だ、大丈夫よ! こうすれば!)
そう口にしたかと思えば片方の手を使って隙間を埋めた。
(これで貴方から見られないで着替えられるから!)
実に混乱した様子を見せる麗佳。
だが、そんな様子で着替える奴なんて普通いるわけない。そんな事をしていれば――――
「う、詩羽ちゃん!? もしかして気分悪いの!?」
「ひゃう!?」
――――という風に声を掛けられるのは当然だ。
「ずっと手ついてるから、気分とか悪いんじゃないかって」
「ねー、着替えないで立ったままだし……。体調悪いなら私達が保健室まで付き添うよ」
「だ、大丈夫よ! 心配してくれてありがとね! す、すぐ着替えるから……」
などと今すぐ着替える事を明言してしまう麗佳。
退路を無くすところか自爆までするとか、こいつ大和魂に目覚めすぎだろ。
(だ、大丈夫よ。円城瓦君、私は、だいじょ、うぶ……)
隙間から見えるのは耳の先まで真っ赤になった麗佳の顔だった。
どう見ても大丈夫ではない。だが、麗佳は止まらない。
「じゃ、じゃあ着替える、わね」
おそらくは自分に言い聞かせながら、とうとう麗佳は自分の上着に手を掛け始める。
ゆっくり、ゆっくりとだが着実に。麗佳は付けていた体操服を脱ぎ捨てていく。
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