第29話

(……なあ、麗佳)


(なにかしら)


 手のひらの中に隠した小型マイクを通して小声で言葉を返す麗佳は、ロッカーの隙間を遮るように、立ちふさがっていた。


 なぜ立っているかは言わずもがなだろう。


(どうも息が苦しいんだ。お前がロッカーの入り口から少しでもズレてくれたら、もっと新鮮な空気がバカバカ入ってくると思うんだが)


(それなら今すぐこの扉を開けてあげるわ。新鮮な空気を思う存分吸い込めるはずよ)


(……すいませんでした。言ってみただけなんです、許してください)


 俺の浅ましい考えなどお見通しの麗佳。倫理の門番は思っていた以上に手強い。



(まぁ私の撒いた種だし心配しなくても庇ってあげるわよ。でも、私も覗きのお手伝いをするつもりはないわよ? 今いる娘達が出ていくまでの間だから息苦しいくらいは我慢してよね)


 麗佳は俺が覗きを働きたいがためのウソにすら気遣ってくれる優しさを見せていた。


 ……なんだろう、人間的に比べるのも烏滸がましいレベルに釣り合ってないな俺とこいつ。今更だけど。


そんな中、


「あら? 詩羽ちゃんだよね? どうしたの、着替えなくても良いの?」


 ――――と他の女子から声を掛けられる。


 考えてもみればこいつは友達らしい存在のいないぼっちでこそあるが、かなりの有名人。間違いなく周囲からは一目置かれる存在だろう。きっと遠慮もあって声を掛けられづらいだけで、きっかけさえあれば普通にしゃべりかけられる。


 相手もリア充だけあって声を掛けるくらいなら楽勝だろうが、その声には少し緊張が聞き取れた。



 さて、着替えていなかった事を問いただされた麗佳だが、ここはちょっとはぐらかす感じで対応すれば大丈夫だ。それにさっきの俺の対応を聞いていたのだから対策くらい立てているだろう。


 だが、


「え、ええ! ううん、今から着替えるわ!」


 と、誤魔化しもせず普通に返してしまう。


 えぇ……なにやってんの、こいつ……。



(ばっかお前! そこで普通に返してどうすんだよ! さっきの俺みたいにごまかさねーとまずいだろうが! 俺の対応見てなんか考えてなかったのかよ!)


(し、仕方ないじゃないの! 考えている間に蜘蛛が出ちゃったんだもん!)


(だもんじゃねぇだろ!? 変にかわいこぶってないで、さっきの言葉を訂正しろ! あと教室に居場所がないとかなんとか言ってこの場を誤魔化せ!)


(嫌よ! 私だってメンツがあるんだから! 『学校ではクールで颯爽とした格好良い女の子』って立ち位置を守る事でギリギリ友達のいない寂しさを我慢してたんだから!)


(いきなり闇を見せてくるな! 不覚にも面白そうに感じちまったよ!)

 つうかそんな考え方で学校生活乗り越えてたんかい!


 こいつみたいなリア充でも学校での立ち位置とか考えてんだなぁ……。いや、明らかにこいつは特殊だろうけど。


 俺好みの変な闇見せられて深くにもワクワクドキドキしちまうじゃねぇか、こんな状況なのに!


(つうか、じゃあ何か!? このままお前はここで言葉通りに着替えて良いんか? 俺に見られてると知りながら、着替えられるっつーんか!?)


(…………ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!)


 明らかに今気づいたって反応してやがるこいつ。


 大丈夫なんか、こいつ……。よくこの鈍感力で芸能界とかいう魔窟(偏見)を渡り歩いてきたな。いや、だからこそなのかも知れないが。

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