第27話
俺は女子更衣室の扉の前で一度躊躇したものの、意を決して飛び込む。
「円城瓦君!」
俺が飛び込んだ瞬間、こちらを向いた麗佳の表情は青ざめていた。
「ご、ごめんなさい! 私……」
とても申し訳無さそうだが、今は麗佳に構っている暇はない。
何せこっちは下手すりゃ人生に支障をきたしかねない状況だ。
「良いからさっさと小型マイク回収して、一度撤退すんぞ! マイクは!?」
焦燥入り混じった俺の声に反応した麗佳はすぐさまロッカーの隙間を指差す。
小型マイクを目視で確認しつつ、そのすぐ横に蜘蛛がいるのも確認できた。
……うっ、思ってた以上にでかい。蜘蛛にさほど抵抗感を持っていない俺でも普通に嫌だ。蜘蛛が苦手だと言う麗佳が手を伸ばせないのも無理からぬ話だろう。
「おらぁ!」
しかし、意を決した俺は隙間に手を突っ込み、潰さぬように蜘蛛を素手で捕まえる。手の中にカサカサと蜘蛛が暴れまわる感触が伝わってきた。あああああああああ!!!!!
そんな手の感触に気づかないフリをしつつ、蜘蛛を逃がすための窓を探す。すると、窓は比較的高い位置に設置されていた。
まあ更衣室なのだから考えてもみれば当然なのだが……、今はもっと逃しやすい場所に窓を設置してほしかった……ッ。
蜘蛛を握りしめたままほとんど片手で窓までよじ登ったあと、蜘蛛を窓の外へそっと逃した。
……ど、どうにか終わった。見れば腕の毛が逆だっているのが分かった。手の感触を思い出せば、再度鳥肌が立ってしまう。
「ありがとう、円城瓦君……。あなたってば意外と男らしいところあるじゃないの……」
「……例え全校生徒からどれだけ嫌われていたとしても明確な被害はないが、覗きの疑いが掛かったら停学、退学やらの実被害が出るからな。早めに済ませる必要があったがあったってだけだ」
「ホント、リスクヘッジの考え方だけは誰よりもしっかりしているわね……」
「究極の小市民を目指しているからな、俺は」
「至ろうとする頂きが低い」
一瞬、尊敬の眼差しを向けていた麗佳だが、ツッコミを入れている内にその表情はどこかへと引っ込んだ。
……まあ考えてもみれば俺は今女子更衣室で蜘蛛を掴んでいるだけの男に過ぎない訳なのだから、その理解は正しい。どういう状況にいるだよ俺は、
「――――っとそんな事している場合じゃねぇな。マイクは!?」
「もう回収しているわ。手間を掛けさせちゃったわわね、円城瓦君」
そう口にした麗佳の手の中には確かに乃雪お手製の小型マイクが握られていた。
「よし、ならこんなとこには長いは無用だ! 撤退するぞうらら……か……」
という風に麗佳に呼びかけようとした俺の耳にした確かに届いた。届いてしまった。
女子が複数人集まった時特有のガヤガヤとした姦しい声がぞわりと耳に届く。
普段ならやかましいなのんびり昼寝も出来ねぇじゃねえか、などと糞陰キャ丸出しの事を思うだけに過ぎないが、今はその姦しい声が奈落へと突き落とす地獄からの呼び声であるかのように思えた。
早い話が女子更衣室の入り口、戸を挟んだ向こう側に複数人の女子生徒がいる。声が段々と大きくなっている事から考えて彼女らが目指しているのは間違いなくこの女子更衣室だろう。
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