第26話

『ご、ごめんなさい。ちょっと……その、驚いちゃって』


 続いて聞こえてきた麗佳の声だが、少しだけ声が遠くなったような……。


 だが、聞こえないレベルではないので、構わず通話を続ける。




「敵じゃないのか?」




『ええと、……ええ、敵じゃないわ』


 麗佳のその言葉に胸をなでおろす。




『でも、その、少し……いや、すっごい問題が発生しちゃって……』




「問題? 何があった? 通信機のトラブルならこちらから乃雪に連絡して――――」




『違うの。その、……くもが』




「え、何だって?」




『その、蜘蛛が出たのよ!』


 麗佳は悲鳴が入りじまった声で叫ぶ。




「……お前、蜘蛛苦手なのか?」




『そ、そうよ! 悪い!? ひっ!』




「キレてんじゃん」




『少しでも感情を昂ぶらせないと、すぐにでもすっごい泣いちゃいそうなのよ!』




「何それ超みたい」


 ……などと言ってる場合じゃないか。




「麗佳。ひとまず作戦中止して、そこから離れろ」


 どうもかなり苦手のようだし、動揺も大きい。身体測定の機会を逃したくはないが……、こうなっては致し方ないだろう。




 すると、


『い、いや、その、そういう訳にも……いかなくて』と麗佳。


 




「麗佳。確かにこの機会を逃すのは痛いが、今のままでは満足に作戦遂行は厳しいだろう。ここは素直に撤退して――――」






『そうじゃなくて!!』と麗佳は動揺を声色に乗せ、さらに言葉を続けた。


 


『その、マイクをロッカーとロッカーの隙間に落としちゃって……、そこに蜘蛛がいるのよ! こんなの取れる訳ない!!』




「成程……」


 ひとまず状況は理解した。




 通信用小型マイクは乃雪特注の代物だ。回収せずに残していくリスクは犯せないだろうし、ともすれば盗撮にでも使われているのかと要らぬ勘違いすらされかねない。




 事情を説明しようにも、「バトルロイヤルが――」などと言ったら白い目を向けられるのは必至だ。そうなれば麗佳のフォロワーにも影響しかねない。




 それにマイクを回収しようと麗佳が他の者に助けを呼ぼうとすれば、それこそ不審がられる。完全に特注の小型通信機の持ち込みが裏目に出た形だ。




 この間も麗佳はどうにかして小型マイクの回収を試みようとしているのか、『ひッ!』『いやぁ……』などの嗚咽や悲鳴が聞こえてくる。どうも本当に駄目らしい。




 ……どうも一つの決断をしなくてはならないらしい。




「麗佳。という事は今更衣室にはお前一人って事なんだよな?」




『え、ええ。まあ、そういう事になるわね…………あの、円城瓦君、もしかして貴方、とんでもない事しようとしている?』




「当然だ」


 俺は男子更衣室から飛び出し、駆け出す。




「今から助けにお前のところ――女子更衣室に向かうからちょっと待ってろ!!」


 女の子を助けに行く変態が誕生した。そして、それは俺だった。

 えぇ……。

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