第17話

「どうした? 挨拶できなかった事に関しては気にしなくて良いぞ」


 そして、ドアをノックしつつ、そう呼びかけてみる。




 すると、


「や、やばいよ――――にぃ」


 ドアを開けた瞬間、乃雪はその可愛らしい目をまんまるに開き、焦った表情を見せる。




「ど、どうした? な、なにがヤバイんだ?」


 俺の背筋に緊張が走る。何か彼女によくない影響でも及ぼしたのだろうか。




「にぃ、あの人……麗佳詩羽さんでしょ?」




「あ、ああ……それが、どうかしたのか?」




 すると、乃雪はたっぷりと息を吸いつつ、言う。




「ノノ、あの人のすごいファンなの……、すごい、すごいよぉ、にぃ、本物だ。本物の麗佳詩羽さんだぁ、存在してたんだぁ……綺麗、綺麗過ぎるよぉ、顔ちっさくて、腰細くて、声もやっぱり凄く綺麗なの……、さすがは時代の歌姫だけはあるよぉ……」


 物凄い言葉の圧で語られた。




「げほっげほっ!」


 しかも一気に語りすぎてむせ始めた。




 引きこもりは普段喋らないから、いきなり口動かすとむせたり、舌が回らなかったりする。普段、あまり知らない方が良い豆知識である。




「え、そこまであいつって有名人なのか?」


 俺とて麗佳詩羽が芸能活動をしていて、学内で結構な有名人だという事は知っていた。




 だが、俺自身彼女の芸能活動がどんなレベルであるかまでは知らなかった。






 正直、今も良くて地下アイドルくらいの有名度だと思っている。




 すると、


「え、にぃ、もしかして麗佳詩羽、知らないの? うわぁ……」


 こいつ無いわー的な目線を妹から送られる。




「くっ、普段の食事から掃除、洗濯、果ては着替えの手伝いから風呂の世話までしている要介護認定クラスの妹から、よもやそんな目で見られる日が来るとは思わなかった……ッ!!!」




「そこまでじゃないの……、お風呂と着替えはたまにしか手伝わせないの。ちょっとずつ一人でできてるの」




「いい歳こいてそれを手伝わされている兄の身になって、自分の状況をよく考えような?」


 まったく……だらし妹(まい)を持つと苦労させられる。




「でも、麗佳詩羽知らないのは無いよ、にぃ」




「そうなのか?」




「うん。ちょっと来て」


 そう言って乃雪は俺を部屋の中に招き入れる。




 乃雪の部屋は部屋の奥に大型のPCと複数のモニターがうぃんうぃんと排気音を発している以外は、ファンシーな色調に合わせられている他、ヌイグルミやコスプレ用の服がハンガーラックから下がっているところは女の子っぽい部屋にも思える。




 いや、別の観方をすれば、PC付近にある大量の配線や機械類が異質さを放っていて、カオスな部屋と化していた。




 いつ入ってみても、引きこもりと女の子らしさを足して二で割り切れなかったカオス感で充満している場所だ。




 あと、微妙に物が散らかってこそいるものの、全体的には清潔さを保っている。これは俺が定期的に掃除しているからだ。


 乃雪の部屋は放っておくと、ぬいぐるみとコスプレ服とがPC周囲に侵食し始め、カオス度が増しに増す。そうなる前に適度に掃除しているのだ。 

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