第9話


「麗佳詩羽、まさかあんたまで――――くそッ、なんでこんなに邪魔が増えるのよ!」

 忌々しそうに吠える姫崎に対して、麗佳詩羽は平然とした様子だった。


「えっと、貴方も参加者で良いのよね?」


「そうよ! あたしの邪魔をするならあんたも排除して――――ぐへッ!!」

 姫埼が麗佳に攻撃しようとした瞬間、逆に姫咲は麗佳によって蹴りを喰らわせられていた。


 それによって姫崎は瞬時に気絶させられる。


 ……かませとも言えないほどの呆気ない脱落劇だった。


 ――――雑魚だったとは言え、三万のフォロワーを誇る姫崎をたった一撃。



「って事は貴方達も参加者よね? 覚悟しなさい!」


 最早、疑うべくもない。彼女もまた、神様主催のバトルロイヤル、その参加者の一人だった。


 それも間違いなく学園でも一、二を争うほどのフォロワーを持つ者。


 それは姫崎を倒した事からも、はたまた肩の幾何学模様なんて見ずとも、彼女が『麗佳詩羽』と言うだけでそれは明らかであった。



 ――――これは幸運だ。俺は素直にそう思った。



 普段の俺は雑魚中の雑魚で、こいつにとって歯牙にも掛けないような相手に相違ない。


 だが、今は話題の炎上によって、俺は学校内でもきっての注目度(フォロワー)を持つ参加者となっている。



 こいつを仲間にできたなら――――このバトルロイヤルの覇者になれるのでは?


 そんな言葉が脳裏を掠めた。


 ただ、そうするためにはこいつを屈服させなければならない。


 俺のような糞陰キャが注目度でこいつに勝つ? 普通ならまず無理だ。想像する事すらおこがましい。



 だが、きっとこんな機会でもなければ俺がこいつと肩を並べる事なんてないに違いない。

 炎上を武器に学園きってのリア充を刺す。



 カースト最底辺の糞陰キャVS最大級のリア充――――ここに異色の無差別級戦が実現した。



 そして、麗佳詩羽は不敵な笑みを浮かべた――――かと思えば、瞬間的に視界の中から消えていた。




 途端、教室の中は衝撃波が巻き起こる。麗佳がその場から移動したのだ。ただ、その信じられない移動速度によって教室はまるでジェット機でも飛び去ったかのような有様になる。



 とは言え超人的な身体能力を得たのはこちらも同じ。炎上騒ぎの中心に位置する今の俺は、ジェット機並の速度で移動する麗佳をその動体視力で正確に捉える。


 そして、常人では塵すら残らないであろう威力で放たれた蹴りを右腕で正確に受け止める。



「うそッ、受け止められた!?」 


 普段は体力テストB判定ギリギリ程度の身体能力しかない俺だが、今の俺の体には正に神が宿っている。



 今のこいつに手加減は要らない――瞬時に判断した俺は彼女の脚を掴むと、そのまま天井に放り投げた。



 麗佳の体は教室の天井に突き刺さったかと思えば、そのまま上の階まで突き抜けていく。


ここ、二年十組の教室の上にあるのは生物準備室、そして屋上だ。麗佳の体を中心として大穴が開けられた今、二年十組の教室は青空学級へと変わってしまった。



 夕日差し込む教室に一人分の影ができる。モデルも驚きのスラリとした体型――麗佳詩羽がこちらを覗いている。



「強いわね。でも何でかしら。私、貴方の顔には少しも覚えがないのだけれど……どうしてそこまでのフォロワーを!?」


 麗佳はどうやら俺の事を知らないらしい。この学校に居て、俺の事を知らないと言う事は彼女はあまり陰湿な会話を好まないタイプなのだろうか。



 なにせ俺は俺をさして知らない奴からすら、徹底的に嫌われている。


 まあそれが今の俺に強力なフォロワーを授けているのだから、何が役に立つか分からない世の中だ。



「普段の俺は教室の隅で時間潰しに寝ているフリをしているくらいだ。お前が知らないのも無理はない」


「だからそれが何でそんな強さに!」



 そんな事を口にしつつ、麗佳は俺のところへと弾丸のようにして突っ込んでくる。


 それをすんでのところで防御する俺だったが、腕は先程よりも痺れていた。



 つまり、先程の攻撃より威力、速度ともに上がっている。



「もう手加減しないわよ!」


 そして、瞬間的に俺の背後に回り込んだかと思えば、回し蹴りを放ってくる。



 受けきれない――そう判断した俺は、右手を差し出して受け流した。


 が、結局受けきれずに右腕のガードを引き剥がされ、右側面を蹴り飛ばされた。



「がぁぁあ!!」 

 こらえ切れずに痛烈な悲鳴を上げながら、隣の教室にぶち込まれる。



 今のは明らかに俺の想像を超えていた。あんなものこれ以上食らっては身体が持たない。



 まさかここまで炎上しても尚、足りないのか?


 本来、注目度が高くなるのは高感度を上げ続けただけの特権だ。



 それはそうだろう。人は好きな者の話を聞きたがる。逆に嫌われ者の話は普段放って置かれる。


 努力して自分を高めるだけでなく、ファンサービスを忘れず、常にフォロワーから求められる期待を超えてこそ、注目度を上げる事が可能なのだ。



 それを俺は炎上という邪道を駆使して、どうにか一時的な注目度のブーストを上げているに過ぎない。



 こんなの一時的な注目度の上昇が終われば、あとは最底辺に戻るだけだ。


 ただの紛い物は、結局本物には敵わない?



 ――――いや、そうではない。きっと。



 それに、俺には適えたい願いがある。適えなきゃいけない願いがある。ここで終わる訳にはいかない。



 そうでもしなきゃ――――あいつはいつまで経っても救われないじゃないか。


 だから俺は自分のスマートフォンを取り出して、メッセージを送る。



『奥の手を使ってくれ』


『でも……それじゃあ……』


『良いから』


『……分かった』



 短いやり取りながら納得してくれたのか、そのようなメッセージが返ってくる。



「戦闘中にスマホ触るなんて余裕あるわね」

 そんな事を口にしつつ、気づけば麗佳が俺がぶっ飛ばされた事により破壊された穴から教室へと入ってくる。



「貴方は強かったけれど、もう終わり。私にも叶えたい願いがある。だから――ごめんなさい」


 麗佳が俺を気絶させんと、拳を振り下ろした――――

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