第6話
「ほら、ほらほらほらほら! 逃げないと死んじゃうわよ!」
回想から戻ってきて放課後。
俺は姫崎の攻撃から逃げ続けていた。
正確に言えば姫崎はすんでのところで俺にトドメを刺さなかった。
彼女にとってこれは狩りだ。圧倒的弱者をいたぶり、その弱者があがき、苦しみ、もがく様を眺めるエンターテインメント。
現在、彼女とのフォロワーの差は歴然。それが勝敗の差を分けている。
蟻が決して象には勝てないと彼女は知っている。
だから今も無防備な姿で、ゆっくりと歩きながら俺に近づいてくる。
その最中、姫崎はそこらにある物を気まぐれに破壊していた――――瞬間、破壊された物は真っ白な光を帯びながら即座に修復されていく。
学校を舞台にしているとは言ったものの、そこは周囲への無闇な影響が出ないようにしていると言ったところか。神の力様様だ。その力で是非とも俺の黒歴史とか人間関係とか色々修正して欲しい。最早修正不可能かもだけど。
俺は廊下の隅に隠れ、彼女の姿を遮蔽物の隙間から眺めた。
瞬間、悲鳴を上げるかのような音が遮蔽物から聞こえ、形がひしゃげる。そのひしゃげた部分から丁度俺の顔が覗いた。
「みーつけた」
気味の悪い口調の姫崎。どうやら遮蔽物がひしゃげたのは彼女がこちらに向かって椅子を投げたためであったらしい。
尋常ではない速度で放たれるその椅子は、俺を穿たんと襲ってきた。
このまま廊下を進めば間違いなく後ろから椅子を投げられて死ぬ――――そう思った俺は近くの教室の中へとなだれ込む。
だが、教室から逃れる術はない。現在は四階。俺の現在のフォロワーレベルで四階から飛び降りても大丈夫か否か、そんな事を考えているうちに彼女はすでに教室の入り口に立っていた。
入り口のドアを破壊して入ってくると、教室中を舐めるように眺める。そして俺の姿を見つけた。まあ教室の中に隠れる場所などないから当然の事だ。
「さぁーて、イジメられる準備は整ったかしら?」
姫崎はオモチャを前にした子供のような笑顔で笑う。
そして――きっとこれ以上逃げられないように――脚を狙って椅子を投げてくる。爆速で投げられる凶器だ。俺の力では避けられる筈もないし、絶望で泣きわめくかも知れない。きっと姫崎はそう思ったのだろう。
姫崎の予想通り穿たれた椅子は俺の脚に命中した。跳ねた椅子は勢い止まらず教室中を飛んだ。
ただ、ここから後は姫崎にとって想像だにしない事であっただろう。
なぜなら超人的な速度で放たれた危険極まりない椅子の弾丸を受けても、命中した俺は痛がるどころか平然と立っていたからだ。
「は? 今当たったよね、なに、どういう事?」
続いて姫崎は机を俺に向かって投げる。形がひしゃげる程の速度で投げられた机は俺の顔面を捉えた。
だが、ダメージを負ったのは俺じゃなく、むしろ机の方だった。
机は俺にぶつかった事で天板の部分が砕かれ、机としての形を保てずにそのまま地面にぽとりと落ちた。
「え、へー……、まだ、そんな力があったんだ? じゃあこれならどうよ?」
姫崎は手刀で椅子を支える脚の部分を切り落とす。鋭角になるように斬られた切断面は先が尖っていて、槍のような形状を成していた。
そして、姫崎はそれを俺に向かって投げる。狙うは太ももの部分。当たれば太ももを貫通して致命傷にもなり得るもの。それを彼女は思い切り、力の限り投げ込んできた。
ただし、俺はそれをなんなく空中でキャッチしてみせると、半回転して勢いそのままに投げ返した。
投げ返された「槍」は彼女の顔の真横を通り過ぎて黒板に直撃した。半分ほど黒板にめり込んだ椅子の脚だったが、黒板に埋め込まれなかった部分の形状はプレス状に押しつぶされたかのように圧縮されていた。
「え……うそ、なに、いまの?」
きっと反応する事ができなかったのだろう。姫崎は我に返った途端、取り乱し始めた。
「は!? どういう事? なんであんたなんかが、あたしにできない事ができてる訳!? そんな訳ないじゃん! あたしのフォロワー見なさいよ! あたしはクラスの人気者で、みんなからチヤホヤされて! それでいて、あんたなんかとは比べ物にならないくらい凄くて――――は?」
俺はおもむろに肩まで袖を捲し上げてみせた。そして、俺の幾何学模様を見た姫崎は声を失った。
「フォロワー……十万超え……?」
姫崎のフォロワーは精々、一万を超えているかどうか。俺との戦力差は歴然だった。
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