第4話
「願いを叶えてみたくはない?」
そんな詐欺広告の踊り文字みたいな誘い文句から、その会話は始まった。
「そういうのは間に合ってます」
俺はそんな事を目の前の”モノ”に向かって返した。
会話をしているという認識はある筈なのに、不思議とここが何処か、目の前にいる者が何者なのか、俺にはとんと分からなかった。
真っ白でだだっ広い空間の中、目の前の黒々としたモヤのような”ナニカ”に向かって喋っている。
夢である事には違いない。ちなみに夢事典でこの日見た夢の事を調べたら端的に言って「頭おかしい」という結果が出た。知ってた。
おかしいのはここが夢であるという認識ができるばかりか、比較的正常な判断ができているという事で、今経験している事が現実のものであるような気がしているという事だ。とうとうキテるな、俺の頭。
「嘘は吐かなくて良い。君にどうしようもない鬱憤がある事は知っている」
「なんでそう思う」
「私は神だから」
ナチュラルにヤバイワードが飛び出した。俺はどうすれば良いだろう。金なんて持っていないと言って、土下座すれば良いだろうか。
「信じなくても構わない。遅かれ早かれ知る事にはなるだろうから」
「…………」
これ以上喋ってはいけない。黙秘権を主張していた俺に対して、「神様」は構う事なく言葉を続ける。
「私は貴方の通っている上代(かみしろ)高校の片隅の社に祀られている、ちっぽけな神。それも人々には忘れ去られ、存在が消えてしまう寸前の」
「…………」
神様の言葉に対して、俺は「そう言えば」と思い至る。
俺の通っている上代高校の一角には本当に小さな社がある。
なんでそこに御社があるのか、そんな事はまったく知らない。俺の他に知っている者も多くはいないだろう。それくらい、風景に溶けて消えているかのような小さな御社だ。
「存在し続けるには信仰が、人々からの注目が必要」
だから、と神様は続ける。
「自分の存在を守る為に私は“神事”を執り行う事にした」
神事。やけに頭にすぅっと入ってきてしまった。
「神事の内容は、参加者に競い合ってもらう事。そこに具体的なルールはない。参加者同士で勝敗を決めれば良いし、取り決めなくても相手を気絶させれば勝敗は決まる。見返りは勝者の願いの成就」
参加者同士で競い合い、勝てば願いを叶えられる――――それはつまり、まあそういう事だろう。
「バトルロイヤル――戦いあえ、という事か?」
いやいやいやいや、それは無いだろう。あんまりだ。
「嫌か?」
「嫌に決まってる」
日本人、特に俺みたいなオタクに片足突っ込んでるような奴の中でバトルロイヤルに参加したい奴はいないだろう。参考書は日本中にある小説や漫画やアニメや映画などのエンタメだ。
「別に負けても何もない」
「嘘だ。そうやって俺たちを騙すんだろう!?」
「……参加の意志が無いなら何もしなくて良い。私は君たちに神事を盛り上げて欲しいだけ」
「何が目的なんだ?」
俺はそんな肝心なところを聞いた。
そうでなくては理解できない。いや、神とかの時点で理解しづらいけど。
「私は信仰が――人々からの“目”が欲しい」
先程も聞いたような事を神様は再度言った。
「参加者には私の力のほんの一端を分ける。神域が届く範囲は上代高校の中だけに限られるけど、その中でなら君たちは自らに応じた神の力を行使できる」
「自らに……応じた?」
「与えられた神の力の強さは自らの中に信仰が集まっているかどうかで決まる。言い換えれば自分の存在を知られているかどうか」
神の言葉を自分なりに解釈する。
「つまり自分が注目されているかどうかで、神の力の強さが変わる?」
神様は頷いた。なぜか頷いたと分かった。
「神事の参加者が集めた信仰の一端は神の力を分けた私にも集まる。存在を保っていられる。強いて言えばそれが神事を執り行う理由」
その話を聞いて神様にもメリットがある。それは理解できた。
だが、まだ一つだけ分からない事があった。
「なら……何故、俺がその神事とやらの参加者になる? その神事とやらは学校の全員が参加するのか?」
神様は首を降った。黒いモヤで首なんて分かる筈もないのに、それが理解できる事で俺はこの話を聞く気になっていた。
「じゃあ、何故、俺を?」
「貴方は選ばれた。参加者として神事を盛り上げられるだけの力があると判断した」
「馬鹿な」
この神事に貢献できるのが信仰を集められる者だとするなら、それは何かの間違いだ。
俺は学校きっての嫌われ者で、さらに言えば糞陰キャ。
学校でも選りすぐりのアンチ青春論者。それが俺。
学園でスポットライトが当てられるような人気者とは絶対に交わる事のない、水と油。水で薄まる事など有りえないくらいのドロドロとした廃油だ。
だから、俺はそこに疑問を覚えた。確かな、さりとて大きすぎる疑問だ。
「そんな事はない」
神様は俺の心を見通したかのような事を言う。いや、実際に見通したのかも知れない。
「あなたは参加者に足る。誰よりも――――貴方もそれを知っているでしょう?」
その後、何度かの問答の末に夢から目が覚めた。
とは言え、当初は夢の内容の事など信じてはいなかった。まあ信じる方がどうかしている。
『あなたが好きです』なんて手紙が机の中に入っていたら、瞬間ウソだって思うくらいには疑り深い俺だ。ソースは俺の経験値。
閑話休題。夢を見た数日後。俺はクラスメイトの姫崎が取り巻き連中に、件の夢の事を自慢していたのを偶然目撃した。
――――夢ではないと確信した瞬間だった。
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