第3話

 放課後。静謐とも言うべき空間となった夕日差し込む教室に、俺と姫崎は二人で向かい合っていた。


 俺と姫崎以外には誰もいない。いつも姫崎の周囲を取り囲む取り巻き達も今はいなかった。


 こんな状況ともすれば告白かと勘違いしそうに――――などといい加減そんな妄想すらも浮かべないわけだが、普通なら糞陰キャであるところの俺が放課後の教室に女子と二人きりでいるという事だけでも最早奇跡に等しいので、実質的にもう告白されたものだと思って良いのではないだろうか。良い訳ないよね、知ってた。



「“ルール”を確認しましょうか」

 彼女はそう言って俺を見下す。


「一つ、戦いは学園の中で行うこと。一つ、敗北の条件は気絶、あるいは対戦者に降参の意志があること。あ、ちなみに降参する?」

 俺が首を横に振ると、彼女はにたりと嬉しそうに笑った。



「ああ、良かったぁ。降参なんかされたら興ざめだったわよ。あんたさぁ、昔から虐められてたじゃない? あの、『例の件』で」

 俺が何も返さないでいる事に少しばかり苛立ちを見せながら姫崎は続ける。



「でもあれってばどっかのバカが“現場”をネットに動画で上げちゃった後は、あんたを虐めづらい空気が出来ちゃってさ。惜しかったよね、ほんと」

 心底悔しそうに姫崎は言う。その動画は俺視点から撮られていなかったという事で、俺ではなく第三者による仕業だと断定されていた。まぁ、その犯人には心当たりがある訳だが……当然俺がそんな事を今口にするはずもない。



「だからさぁ、ある意味ずっとあんたをいたぶる機会を伺ってたんだよねー。それが”こんな事”になるなんてあたしってホントついてるわ」

 そう言った直後、彼女は地を蹴り、俺との距離を超人的な速度で詰めてきた。その勢いを殺さないまま右腕を振りかぶり、そのまま俺の顔に向かって振り下ろす。


 俺はそれをすんでのところで避ける。が、彼女の放ったビンタはその超人的な威力から風を産み、ソニックウェーブのような形となって俺の身体を周囲の机や椅子と共に教室の端に叩きつけた。



 その動きはさながら、人間によるものとはとても思えなかった。



「えぇ……すごっ、……すごッ!! やば、凄すぎでしょ、マジで。今のあたしってばこんな事も出来ちゃうの? あはははは、『神の力』ヤバすぎ!!」

 そう言って嗜虐的な笑みを浮かべた姫崎は跳躍すると、たくさんの椅子や机の中に埋もれた俺へと向かって飛び蹴りを放つ。


 防御姿勢を取ったものの勢いを殺しきれず、教室の壁を破壊しながら廊下へと吹っ飛ばされた。そして、その勢いのまま立ち上がった俺は廊下をひた走った。



 ――――まだだ、もう少し、もう少し時間を稼がないと。



「鬼ごっこ? 良いよぉ、どうせ逃げ切れないからさ!」

 クスクスと笑みを零しつつ、姫崎は俺を追いかけてくる。


 姫崎ほどで無いにしても、今の俺の脚力も常人のそれを遥かに凌駕している。



 なぜなら今の俺と姫崎は“神様の力”を借りている状態なのだから――――


 ――――などと言う事を言葉にしてみれば、今俺が直面している状況をなんとなくでも理解して貰えるかも知れないが、俺はそれほど説明が上手い訳でもないので、ここから先は端的に状況を説明しておこうと思う。

 その為にはまず数日前にあった、夢での会話を振り返った方が良いだろう。

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