第2話

 そんな誰に言うでもない負け犬の遠吠えをしている最中、



「ねぇ、ちょっと」

 なんて声が聞こえる。幻聴かとも思ったが、多分、恐らく、きっと、そいつは俺に話しかけてきたようだった。え、ホント? マジ?


 高校生にしては若干ながら化粧の目立つ顔に、頭横で結った髪、スラリと長い手足に、やたらと大きい胸が目端に引っかかる。


 クラスメイトである姫崎(ひめさき)だ。



 俺の妄想か立体映像でない限りは俺に話しかけているのは明白で、俺の方を真っ直ぐと見ながら、そいつは言葉を続ける。



「……ほんっとあんたと話すなんて気が滅入るんだけど、特別に話してやってんだから感謝なさい」 

 

「はぁ」気のない返事を返す俺に対して、姫崎の眉がピクリと動いた。


 ことさら姫崎は「特別に」という言葉を強調する。まるで上位者が下々の者に話しかけているかのような口ぶりだ。


 まあ姫崎はクラスカースト上位者だから、彼女の言は正しいかもしれない。いっつもクラスメイト(主に男子)からチヤホヤされてるし。いわゆる「姫」で、取り巻き達にも「姫」と呼ばれている徹底ぶりだ。素直にやべぇ。



「今日の放課後……分かってるわよね?」

 挑発するかのような彼女の言に対して俺は頷く。


 すると彼女は嫣然とした表情で笑った。



「うふふ、楽しみだわ」

 会話だけを聞けば、まるで放課後に二人で逢引でもするかのようだった。


 だが、それはまるで違う。俺がそんな立場にない事は俺自身が一番よく知っている。



「これであんたみたいな社会のゴミを思い切り潰せるわけね」

 姫崎は軽蔑の入り混じった視線で俺を見る。


 そう言えば姫崎とは先ほど色々あったんだっけか。


 結局、姫崎が俺に話しかける意味については思い至ったものの、俺には彼女に言葉を返す必要がなかった。すると、俺が何も返せない事を敗北だと察したのか、姫崎はさらに俺を小馬鹿にしたかのような笑みを浮かべた。



「ホントさー、いつも思うんだけど、あんたみたいな奴ってどうして、そう平然としてられるのかな。あたしがあんただったらもう恥ずかしくて学校になんか来れないと思うんだけど。……ほんっとムカつくわ、あんたのその顔見ていると」

 次の瞬間、姫崎は怒りに任せて俺の机を蹴る。大した力で蹴った訳ではないので大した事もないが、その音は教室中に響き渡った。


 一瞬、シンと静まり返る教室。誰かが「姫崎さん、またあいつにちょっかい掛けてるよー」とくすくすと笑いながら口に出す。


 姫崎は”今日の一件”が起こる少し前から俺に直接的な行為を仕掛ける数少ない奴だった。


 他の奴らは中等部を卒業する頃には、このような行為にはもう飽きていた。大したリアクションも返さず、さりとてイジメに参りもしない俺には興味を失ったのだ。



「ま、いっか。今日の放課後は逃げるんじゃないわよ……返事は?」

「……ああ」

 俺が確かな返事を返したのに納得したのか、まるでバイ菌にはこれ以上近づきたくないとでも言いたげに足早に俺の机から離れて行った。そして、いつものように取り巻き達の中に合流する。


 ほんの少しだけ注目を集めていた俺だったが、周囲の目は姫崎が離れた瞬間には興味を失って俺をまた埃と同価値の存在だと認識し始めた。



 掃除されないだけマシなのだから、こちらには決して関わるなとでも言いたげだった。


 そう――彼らは俺に何か付け入る隙ができれば非難や中傷するべく注目を集め、それ以外では見向きもしない。


 もう俺はそういった事でしか、彼らに存在を認められていないのだ。

 

 あの時から――――――――俺はずっとこうして生きてきた。


 麗佳詩羽のような超絶リア充が居て。


 かと思えばクラスで幅を利かす女王様――姫崎のような奴もいる。


 一方、その遥か下の底辺を這い回る俺のような奴がいる。


 学園とは色々な奴がひしめき合う社会の縮図だ。学園生活というパワーゲームの結果、序列が決まり、敗者が定まる。俺は間違いなく、学園カーストの敗者だ。


 

 ただ、これからもそうだとは限らない。


 一寸の虫にも五分の魂が宿るように、追い詰められた鼠が猫を噛むように。


 あるいはクラス、いや学園一の非リアが教室の中で威風堂々と君臨しているリア充を倒すかのように。




 その幕開けとして俺はまず――――あのクラスメイトである姫崎を倒そうと思う。

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