第1話
高校生活は果たして万人にとって青春足り得るのか――――
高校二年生になったばかりの俺――円城瓦 太一(えんじょうがわら たいち)――はふと思う。
言葉の意味では、それは決して間違ってないだろう。辞書を片手に調べれば、「若い時代」の事を指したり、「異性を持ち始める時期」などの言葉が並ぶ。
基本的には全人類が一度は経験する――――それが青春という言葉だ。
ただ、言葉などではなく、実際にはどうなのだろうか。
例えば「青春を謳歌している者」と指した時、多くの者は恋愛をしていたり、部活に精を出したりなど、何かに打ち込んでいる者の事を「青春」だと呼ぶのではなかろうか。
ただ、このように定義した場合、「青春を送っていない者」は数多く存在するのではなかろうか。
さらに「青春を送っていない者」の内、全員が全員、青春を送りたいと思っている訳ではないと思う。
なぜなら俺がそうだからだ。俺は自分が青春に縁遠い存在だと思っている。
だが、それで良い。なぜなら俺は青春にそれほどの価値を感じていない。
例えば恋人と付き合っていたとして、その九割は高校生活が終われば自然に別れる。
部活に打ち込んでいたとして、社会に出てそれが何の意味を持つだろうか。
ネット社会が確立し、高度に進化した現代社会は価値観の多様性を認めている。俺のようなアンチ青春勢が居たって受け入れられて然るべき。
よって高校生だからと言って青春するべきなどという差別主義者はお呼びではない。
波乱万丈な人生など必要なく、さざなみのような日常を享受する。そんな人生こそが俺の求める平穏だ。
よって俺はこう思っている――――
「じゃあクラス会の日程決めるかー」
担当教師の急な体調不良によって出来た自習時間を使って、クラス会の日程を決め始めたクラスメイト。
彼は参加する人物のリストを作っているらしく、クラスメイト一人ひとりの名前を「あ行」から順に読み上げていく。
「阿久津、参加。伊波、参加。宇良、部活で不参加、江川、参加……えーと、次はえんじょう……ああ、これは違う――――遠藤、参加。小野、用事で不参加」
江川の次にはきっと『炎上瓦』という苗字があったのだろうが、彼はそんな文字など見えないかのように口にはしなかった。
俺は全員に声が掛かるはずのクラス会の予定で、ナチュラルにメンバーに入っていなかった。こんな時、青春には心底無縁なのだなと悟る。
いや、良かったわ、ホント。アンチ青春主義者である俺がクラスメイトとのクラス会に参加するとか、マジ無いし。ふー助かった! 呼ばれたらどうしようかと思ってたわ! やったね、太一ちゃん!
そんな死ぬ程、どうでも良い事を考える四月半ば。俺は教室に用意された自分の机に肘を立てる。
今日も今日とて、誰とも喋らず一人教室の隅にいる俺に声はおろか、目線を送ろうという奴はいない。高校二年生になってクラス替えしたばかりなので、教室中が若干真新しい空気になっている事を除いても、クラスメイトらはまるで俺を目にしたら石になるとでも思っているかのようだ。一体いつからメデューサの能力を使っていると錯覚していた?
断っておくが俺はイジメられている訳ではない。少なくとも今は。そんな時期は当に過ぎ去った。今は埃と同価値の存在意義ならばクラス間において認められているようで、無視されながらも排斥されずにこの場所には座っていられる。
とは言え、俺の周囲はまるで結界でも張られているかのように、周囲との机の距離感が少しだけ開いている。近づきすぎると円城瓦菌が伝染るとでも言いたげだ。いや、実際のとこ昔クラスメイトに言われた事あるけど。炎上瓦菌、やっぱ実在するのか? ならば発見した功績として俺の名前をつけて後世に残そう。そういう偉人いっぱいいるし、俺もその仲間入りだ。炎上瓦菌、バンザイ。
「おい、見ろよ。あそこ!!」
そんな俺の妄想をかき消すがごとく、クラスメイトの一人が声を上げる。当然、俺に言った訳ではない。もしも言ったとしたら「おい、飛べよ。あそこから」だろうか。
クラスメイトの声に続き、次々と雄叫びや黄色い歓声が上がる。
そんなクラスメイト達の視線の先にいたのは、廊下を歩く一人の少女だった。
茶髪のショートヘアで、意志の強そうな瞳がやけに印象的だ。キリリと釣り上がった眉や目元からは快活そうな印象を覚える一方、グロスの塗られた唇からは女性らしい魅力が感じられた。また、女性にしては若干背が大きいが、それも大きすぎるという程ではない。男子の平均身長より一回り小さいくらいだろうか。だが、プロポーションや姿勢の良さからか、実際の身長よりも大きいように感じられる。
「麗佳詩羽(うららかうたは)やっぱくっそ可愛いな!」
「詩羽ちゃん、ホント綺麗だよね。プロポーション抜群だし、ホント羨ましいわぁ……」
「ホント華があるよね。美人だし可愛いし、もう最強って言うかー」
麗佳詩羽。簡単に言ってしまえば、学校のマドンナ的存在だ。
クラスは分からないものの、俺と同学年である事は知っている。
道を歩けば注目を浴びる美人で、妙な存在感のあるカリスマ的人物。
しかし、彼女のスペックは美人だけに留まらない。
「好きだわぁ。俺、昨日、詩羽ちゃんのアルバム聴いたわ。やっぱ高校生離れしてるよなぁ。綺麗な声で、歌上手いし、一生聴いてられそう」
「ホントこの歳で芸能活動してて、しかも有名ってヤバすぎだよねー。ホント、尊敬する」
「ちょっと違う世界の住人みたいだよね。気軽に声掛けられないよ……」
次々と飛び出す麗佳への賛辞。
彼女は校内での人気に留まらず、どうやら世間からしても有名人の部類に入るスーパーリア充女子高生だった。
俺はあまりテレビなどを見ないため、よくわからないが、そこそこに活躍しているらしい。それがかなり凄い事は、馬鹿な俺でも分かった。
言ってしまえば俺とは全く違う、陽のあたる世界の住人。
彼女が光属性なら、俺は闇……いや、無属性だな。だって他の奴から見た俺って居ても居なくても同じだろうし。まあ人間関係で楽できて良いけど。……泣いてないよ?
とにかく学校の頂点と底辺。それが俺と麗佳詩羽を指し示す指標だった。
……とは言え、青春アンチを自称する俺からしてみれば、疲れる生き方であるようにも思うけど。
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