第4話

 お顔が見えなくても、お嬢様がもはや誤魔化しようのないほど動揺しているのがわかる。

「……何が望みでいらっしゃるの」

「望み?」

「私は確かに侯爵令嬢ではあるけれど、社交界にもまだ出ていないから、個人としての人脈は学園でのものに限られるわ。それなら、ミス・エミリアの方がずっと広いはずよ」

 これは紛れもない無い事実だ。

「それに資産だって、必要なものに使っていい分はあっても、私個人の財産はないのよ。この点も、女相続人であるあなたには十分おわかりのはず」

 これもまた事実だ。

 お嬢様は確かに、お衣装などの身の回り品にかかる分や交際費として、年間かなりの額の支出を侯爵家から許されている。しかしそれは、あくまでこれらのものに使いました、という請求が侯爵家に届けられるのであって、いわゆる使途不明金が許されるわけではないのだ。

「それになにより、私は三年間、例の殿方たちとは必要以上に関わっていません。もちろん、ミス・エミリアがあの方がたと交流するのを邪魔したこともないのは、当然ご存知のはずでしょう」

 声を震わせながら、お嬢様はこれらのことをそれでも一息で言い切った。昨夜あんなに怯えていたのに。

 偉い。なんて勇気のあるお振舞い。

「あっ、やだもしかして……アレですね?私がイルシュドラ様をしに来たと思っちゃいました?!」

 今度は不気味なにこやかさを保っていたエミリア嬢が慌て出した。

「それ以外になにがあるっていうの?!あんな風にカマかけておいて、『あは。』って何?!怖すぎるわよあなた!!」

 わ、わあ。お嬢様が泣き出してしまった。これは俺はお慰めしていい場面か?

「え、ええー。それただの、私の口癖なんだけど……困ったなあ。えーと、そこの従僕フットマンさん?さっきからの反応見てると、多分イルシュドラ様の、知ってる人ですよね?」

 うわっ、この状況で俺の反応まで見てるの?そんな顔に出したはずないのに?やっぱりこのご令嬢怖くない?

「お嬢様は、幼い頃にご自身の未来の啓示を受けられたのだと、お聞きしております」

 昨夜のことだけどね!

「じゃあ、かなりぶっちゃけた話しても大丈夫そうですね!イルシュドラ様、安心してください。私ほんとに、あなたに危害加えるつもりなんか全くないんですから」


「取り乱して悪かったわね……もう大丈夫よ」

 しばらくして、お嬢様は落ち着きを取り戻された。

「いいええ。私の方こそ、お話しの流れが良くなかったですよね。ごめんなさい」

 エミリア嬢の方も、一瞬見せた不気味さは今は鳴りを潜め、快活で明るいご令嬢に戻っている。

「私を罠にはめるつもりはないと、信用していいのね?これでもし裏切られたら……もう、本当に」

 あっまずい、おさまったのに。

「大丈夫です、大丈夫!裏切りませんから!そんなつもりだったら、こんな堂々と来たりしませんよ!」

 もっと気が強くてバリっとした方なのかと思ってた〜!と続いたので、このご令嬢がどういう意図で現れたのか、なんとなくわかってきた。

「恐れながら、発言をお許しいただけますか?ミス」

「あ、はい、許します」

「ありがとうございます。エミリア様がシャウワに来られたのは、偶然ではなく、お嬢様に何がご用があってのことでごさいますね?」

 ええ、と軽いお返事。

「そしてそれは、学園時代にお嬢様が啓示を--エミリア様のおっしゃるをご存知なのか、確証が取れなかったために十分果たせなかったご用と推察いたしますが」

 その通りよ、と言うエミリア嬢はだんだん面白そうな顔になっている。

「ご用の内容はある種の警告で、卒業の式典で遠回しに伝えたつもりだったことが、伝わっていない可能性を危惧なさった」

「なんだかすっごくややこしい言い回しだけれど、この従僕さんの言う通りなんです、イルシュドラ様」


 エミリア嬢は俺に、従僕さんにはわからない用語があっても、今は追求しないでくださいね、と前置きをなさった。

「イルシュドラ様が、宮廷の謁見を危惧なさる理由はわかっています。私が例の四人の方々のうち誰か一人を選んだ場合、そこで断罪イベントがあって、中身は違えど悲惨な結末が待っている。そうですね?」

「ええ」

 この辺りは昨夜お聞きしたとおりだ。

「そしてイルシュドラ様は、私が誰も選ばなかったルートの内容をご存知ないと推測したのですけど、違いますか?」

「……ええ、知らないわ。あるの?そんなルートが」

「あります。私の行動を三年間見ていらして、それでも警戒したのは、ルートの存在そのものを知らなかったからだったんですね」

「詳しく教えて」

「あのにおいて、エミリアが誰も選ばないのは、隠しルートになるんです」

 試合ゲーム

「存在が明らかになったのは、かなり後です。スチルに攻略対象は登場しないし、内容も地味。なのに、攻略難度は全エンディング中最難関」

「そんなことって、あるのかしら。難易度が高いなら、相応の報酬があるものだと思うのだけど」

「ある意味、報酬はありました。四人の誰も選ばない、エミリア旅立ちエンドと呼ばれるその内容は、続編への導入部分ともとれるものだったんです」

「……続編ですって?!」

 お嬢様の反応はずいぶん激しい。続編とはなんだ。啓示にまだ続きがあるのか?

「そもそもの、学園時代の部分からお話ししますね。エミリア旅立ちエンドを見るには、全員の好感度をある程度維持しながらも、分岐で誰の個別ルートにも入らないように、必須のイベントをはずしていく必要があります」

「確か必須イベントは全て、基本的にイルシュドラが関与していたのではなかった?」

「そうです。ゲームでは、このイルシュドラ様を避けるのが実はかなり難しいんです。普通にプレイしていれば、まず確実に必須のイベントは発生します。それをスルーするのはちょっとしたコツがあったんですけど、その話は別にいいですね」

「ええ。続きを」

「かなりぬるくプレイしても、必須イベントを一つでもこなしていれば、ジョーヘイン教授だけは分岐の時に来てくれて、強制的に彼の個別ルートに入ります。授業をひたすら落とした場合は退学エンドになるので、旅立ちエンドは意図的に狙わないと本来見られません。でも、現実ではどうでしたか?」

 もはやジョーヘイン教授がちょろいという部分以外はさっぱり理解できない話になっている。

「私、ミス・エミリアと皆様を避けていたわ……」

 呆然とした様子でお嬢様。

「そう、それです。、私は今、誰のルートにも入らずに済んでいるんです」

「待って、それなら私は、あなたの将来を潰してしまったことになるじゃないの!」

 わからない用語をなんとなく推測しながら聞いているが、お嬢様がエミリア嬢とほかの方々を避けたために、エミリア嬢は必要な行事か何かを執り行えず、婚約に至らなかった、という解釈でいいのだろうか。

「それは違います。私もともと、あの四人の皆さまとどうにかなるつもりはなかったんです。おそらくもう確定ですけど、旅立ちエンドを目指していました」

「なぜ……?」

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