第4話 真木と伊勢守……




 司令部艦橋フラグブリッジの上には、艦長である新撰組局長鈴香と副長真木の個室(和室)がある。

 真木の姿は主のいない局長鈴香の50畳程の和室にあった。かみしも姿の真木はその部屋の下座に座している。

と、その時だ。先払いの為の警蹕けいひつの声がした後、


〃側用人鷹宮家伊勢守信元様ぁ! おなぁ~りぃ~!〃


 という声がこの部屋に響き渡る。真木はスッと頭を下げ平身低頭すると誰もいなかった上座に立体映像ホログラフィーが映し出された。


〃御苦労だったな真木。顔を上げていい〃


 上座かみざに現れたのはまさに眉目びもく秀麗しゅうれいと呼べる尼甫じほ

 そしてその男の背後に控え四人の女。その何れもたとえようもない美女達である。


「はっ、伊勢守様。拝謁はいえつを賜り、恐悦きょうえつ至極しごくに存じ奉ります」


 伊勢守? そうだ。この金髪碧眼の男こそ、幕府側用人鷹宮家伊勢守その人である。実質的な新撰組の統轄者であり、聖衣大将軍カイル=ルガーフェルドの寵臣ちょうしんにて、幕府の実権をほぼ掌握している男だった。

 今伊勢守が居る場所は、プレタポルテから九千㎞以上離れた現在幕府が置かれているニューヨーク。その聖衣大将軍の御座所である幕府超弩級巨大戦艦 舞鶴ぶかく-本丸-である、筈だ。

そして彼の背後に控えしは、鷹宮家伊勢守専属傀魅魔奴宦主美怒スピード。四人いる筈だが伊勢守左右に近侍きんじしているのは二人だけだ。その二人共劣らぬ連娟れんけんたる美女達。伊勢守の左に控えしは主美怒の紫羅しーら。幕府算定美的ランクでは『FN-2』で美的偏差値は75。

 そしてその右に控えしは、美的ランク『FK-3』を持つ《主美怒》の珠輝タマキ

 何れも扇情的な姿態だが、近未来の彼女達のファッションに限らず、最近のファッションモードでも、ディオールにせよシャネルにせよ、トランスパランス(仏)、即ちシースルーファッションで乳房を露出する一傾向が見られる。

いや近世フランスでも、マダム・タリアンという絶世の美女は薄い綿チュールのドレスを纏い、あのテュールリー公園を散歩したというし、又あるいは女性が乳房を全く隠さずにいる事がトレンドであった時代も確かに存在していた。

 我が日本では皮肉にも明治になってその西洋文明が流入してくる以前は、女性が乳房を露出する事は決して珍しい事ではなかった。

 では何故乳房は隠されるのか。何故隠されなければならないのだろうか。

 キリスト教、イスラム教等の教義に基づき、女性は男を惑わす存在であるという概念により、特にイスラム教では女性の体全体をショールで覆ってしまう。即ち極めて封建的で男性中心主義な概念の固定化により、女性は乳房を隠す事を強制されたのであり、本来豊饒ほうじょうと慈愛の象徴であるそれを隠さなければならない本質的理由など何処にもないのだ。

 西洋の神様は禁止してたかもしれないが日本の『神様は何も禁止なんかしてない(♪)』。 

 だが現実には法律で禁止されている。公衆の場で乳房を露出させるファッションを公序良俗に反し、刑法一七四条公然猥褻の猥褻物陳列の適用対象にする。

 しかしその法目的で卑猥だからという以前にその根底にあるのは、人間の体で個体差のある部位を服によって隠蔽しようとするキリスト教的な盲目的平等主義に毒された考え方に支配されているからだ。

 スーパーモデルがステージで乳房を露にするのをいとわない。それは見る者に少しも卑猥さを感じさせず、崇高ささえ感じさせる。母親が子供に乳をやる姿を見て誰が卑猥と感じるのだろうか? それは神聖である。だがそれが裸婦画やヌード写真等になると『聖』が『性』へと変換され、一転その本質的神聖さを奪われ、エロティックな存在へと貶められる。そんな馬鹿な事があろうか。  

 母性の象徴であり人間性の普遍性にも繋がる美の普遍性を持つ乳房、その乳房の解放、それこそ、男性中心主義からの女性の真の解放。女性が真に男女平等を求めるなら、男性が隠せと決めたものを露にし、女性の真の独立をするべきなのだろう。

 だからこそスーパーモデル達は誇りを持って、乳房を露出させるのではないか。

美人だから絵になるのだが。

 が、そうなると真木のような武辺の男には目の毒であるように、大抵の男は視線の持って行き場に困ってしまうだろう。

 真木は出来るだけ視線を泳がせないようにしながら、


「御指示通りにいたしました。……しかし奴が強力な香電磁フィールドを一時的に発生せた為、匂い付けしていた香が消滅してしまいましたが……」


〃それはいい。既に、香りは聞いて貰った〃


 聞いて貰っただと? 誰に? どういう事だ。不得ふとく要領ようりょうなその言葉の諷意を了知りょうち出来ない真木に、更に伊勢守は言葉を続けた。


〃予定通り闇月やみづきの四番隊を斥候せっこうとして先に紫京しきょうに潜入させろ。そしてプレタポルテ首都『紫京』に集結しつつある倒幕勢力が、十五年前彼らが拉致した法皇陛下に倒幕の院宣を出させ、挙兵を企てているという情報が真であれば、深月が法皇陛下を救出する手筈になっている。新撰組は、深月の救出成功を合図にプレタポルテ領内に突入しろ〃



「ですが、プレタポルテ自治共和国は朝廷メゾン幻蔵ゲンゾウ(現在のアニエス=VA-DA)の詔勅しょうちょくにより、他藩の侵入、及び幕府の権限の如何なる行使、政治・軍事的介入の禁止区域に指定されている場所。領空侵犯は違勅罪いちょくざいになります」


〃フフフッ。だからこそ、お前達新撰組にプレタポルテ領内にあの蘭蛇帝を追い込ませたのではないか。あの蘭蛇帝を追跡するという大義名分、お前達の大好きな正義を掲げ、堂々と領空侵犯すればいいのだ〃 


 伊勢守のこうした奸計かんけいこそが、若干二十八にして側用人に越任され、大老や老中らの台閣だいかくから実権を奪った伊勢守の稟賊ひんそくなのだ。言わば正義のみを掲げ琴柱ことじにかわ一刻者いっこくものの真木とは対照的な尼甫じほである。


(…だが、その為に紫乃武の身が危険に晒されたのだ)

 実は宇堂以上に真木の心の内は怒りが奔騰ほんとうしていたのである。

 だが今までなら、こんな手の込んだ伊勢守の術数の歯車として新撰組が動かされる事を認める真木ではないが、時は今そんな事態ではなかった。真木は、畳みに付けた拳に力を込めながら、「はっ…」と短く返答し、頭を下げてから、


「で、その後、倒幕の志士共は……」と言葉を続けた。


〃曾て千六百年前の事だ。徳川幕府の新撰組はある旅籠はたごに集まっていた志士共を、数的不利にも関わらず、それを制圧したと聞く。お前達にそれが出来るかな……?〃


 口元に笑いを浮かべる伊勢守の人を見下すような口吻に、主美怒の憫笑。だが真木は、


「…それが、あなた様ではなく、聖衣大将軍様の御意志ならば……」


 旭日きょくじつ昇天しょうてん、将軍の嬖幸として側用人に越任され、幕府実権を握り、実際に幕府が発表する一切のドレスのデザインを手掛ける鷹宮家伊勢守に対して、臆する事なく毅然とした態度でそう言った。


「!」


 その真木の言葉に、憤然と立ち上がった伊勢守の、その吸い込まれるような程神秘的な青い瞳に凶暴なまでの紅蓮の炎が灯る。


 志士を狩る壬生の群狼、即ち『壬生狼』。たとえそれが大命降下であっても、理不尽な命令は聞かない。だから、これまで伊勢守と衝突する事も度々あった。今この戦艦壬生に艦長であり新撰組局長である鈴香すずかがいないのも、先頃鈴香が伊勢守の命令を無視し、独断で動いた事への罪で、ニューヨーク上空の幕府超弩級巨大戦艦舞鶴-西の丸-で蟄居を命ぜられているからだ。

 だからこそ真木は伊勢守の命令に心ならず唯々いい諾々だくだくと従うしかない。

 自由にお洒落をし、自由に好きなブランドを着る事の世界を構築しようとする志士達を斬り捲る彼ら新撰組は、殆ど全ての女性達からの憎悪の対象である。それでも彼らは正義を信じ、『ノーブラの志士』、『開服の志士』共を斬る。

 彼らの正義。聖衣大将軍カイル=ルガーフェルド自身によってデザインされ下賜された、麻布浅黄羽織。その正義がたとえ志士の返り血で紅色に染まろうと、壬生の狼には赤い正義がよく似合う…。

 だがそれは、現在実質的に新撰組を統括している鷹宮家伊勢守にしてみれば思い通りに動かない将棋の駒なのだ。

 伊勢守は立ったまま真木を見下ろしていたが、一言、


「真木…。私の言葉は上様うえさまの言葉。それを肝《》きも》に命じておけ。下がってよい」


 そう言うと、そのまま立ち去ろうとする。だが真木は伊勢守を踏み止まらせように、真木は一膝ぐっと繰り出すと、


「伊勢守様! 局長の蟄居ちっきょは何時 赦免しゃめんして頂けるのでありましょうや?!」


 伊勢守はその流麗な切れ長の目で真木をちらりと睥睨へいげいすると、視線を戻し、


「…聞きたいか? ならば教えてやろう。この作戦終了後、蟄居を解いて頂けるよう上様には既に申し上げておいた」

    

 と、その端正な横顔を見せたまま言い残すと、伊勢守と《主美怒》の立体映像が足元から霞ががったようにスーッと消えていく。


「はっ、有り難き幸せ」


 そう言って深々と扣首する真木には、全てが消え去る直前、伊勢守の口元が微かに笑みを浮かべていた事に気づく由はなかった……。


「伊勢守様。全ての準備が整っております」

           

 真木との通信を終えた伊勢守が、二人の主美怒スピードを引き連れ、司令部艦橋に戻ると、

主美怒の一人、瀬那羽せなはが跪く。幕府算定の美的ランク『FM-3』の官位に値する傾城けいせいの美貌である。


「カイエン予定地点到達までのカウント始めろ」


「はっ、伊勢守様。予定地点まで、30、29、28、27、26、25、24…」

 

 伊勢守の右前方の測量士官座席で、『FK-5』の官位を持つ主美怒の亜慶奈あけながカウントを始める。

  

 この『FN』の紫羅、『FK』の珠輝、『FM』の瀬那羽、『FK』の亜慶奈の四人の主美怒の別名を、その美的ランクから『F-4』と言う。

 此処だけで二百人以上の武官が働く司令部艦橋内部は、上部から下部まで50mもある、四層の吹き抜け構造になっている。その最上層で、眼下を見下ろすようにして、前部巨大モニターに映された戦術表示板を凝視する幕府側用人鷹宮家伊勢守。

 その戦術表示板にはシベリア地方バイカル湖周辺が映し出され、その方形表示14-46から北々東、即ちアルタイ山脈方面からバイカル湖方面へ、正確にはバイカル湖南東の山中に点滅するX地点(東経110度・北緯54度)へと、輝点ブリップが高速で移動していた。


〃カウント5、4、3、2、1…、予定地点です〃


 の声が拡音器を通して司令部艦橋全体に響き渡り、皆の視線が一斉に戦術表示板上の輝点に注目する中、X地点に到達した輝点が突如消えた。 

 それを見つめていた伊勢守が、口元に色香を漂わせながら、


「クックッ…」


 と笑う。




「さぁ…来い。彷徨さまよえる小鳩よ。お前に籠を用意した。にえを入れた籠をな…」





第4話 了

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