マコト 第9話
鳥の鳴く声が聞こえる。どこにいるんだろう。目の前に広がる庭を見渡す。向こうに集まっている木々だろうか。ゆったりと椅子に沈み込み、グラスに口をつける。
「お待たせいたしました」
シワのないワイシャツに黒いジレの若い男が絵画にも見える彩り豊かな料理をテーブルに置く。皿に乗った魚をナイフで食べられる大きさにして、添えてあるソースを付けて口に運ぶ。旨みとそれを引き立てる味が広がる。
「どうだ。美味いだろ」
タカヤがオレにたずねる。
「んー。まあいいんじゃないか」
オレはナプキンで口を拭う。
「お前がそう言うってことは合格ってことだな」
「どこでこんな店、見つけてくるんだよ」
「男も女も心をつかむにはいろんな店を知っておかないといけないからな」
「相変わらずお盛んだな」
「別に恋愛に限った話じゃないさ。お前はどうなんだよ。ウワサ、聞いてるぞ」
「なんだよウワサって」
「若い相手にハマってるらしいな」
コイツはどこからそんな情報を仕入れてくるんだろうか。まあ、お互いに共通の知り合いがいて、オレも隠している訳じゃない。この調子であれば、それを邪魔するつもりでもないんだろう。言う手間が省けたと思っておくか。
「ああ。ハマってるのは相手の方だけどな」
「へぇ、やっぱり本当だったんだ。お前が年下を選ぶとはね」
「自分が年を取ると年下がかわいく見えるようになってさ」
「で、そいつと付き合うのか」
「まあ、それが普通だよな」
「なんだよ、普通って。お前らしくない」
「オレらしくない?」
「ああ。世間なんて関係なく、自分の好きなようにするのがお前だろ」
「でもさ、恋人になるなら一人に絞るもんじゃね?」
「まあ、男女の結婚を前提にしたらそうだよな。でも、俺たちが男女の関係を真似する必要なんてあるか?」
男女の場合、結婚は一対一でするものだ。でも、法律はオレたちの関係を無視している。だったら、そこに従ってやる必要があるのだろうか。
こうやって豪華な飯を食べながら、常識に縛られない話を出来るのがタカヤのいいところだ。少なくとも、今のカズオミに同じことは望めない。
だが、タカヤはカズオミと比べてオレに対しての情熱が少ない。無い物ねだりなのかもしれないが、オレはどっちも欲しい。
「そうかもしれないな」
「すぐに結論を出す必要なんてないんだ。一緒にいる時間を積み重ねていく中で最終的に一人に決めてもいいんじゃね。その時、お前が俺を選ばなくても構わないぜ」
「ありがとう」
「それにしても、お前が男役とはね。そうだ。今度そいつと三人で遊ばね?楽しめると思うぜ。お前を挟んで、前から後ろから」
「バーカ」
タカヤはおどけてみせる。そんなことを提案したらカズオミはどんな顔をするだろうか。怒るか。それとも意外と?まあ、いい。オレの人生だ。オレの行きたい道を進もう。
ふと庭に目をやれば、木々の中から鳥が飛び出してくる。さっき鳴いていたのはコイツだろう。思ったよりも大きい。鳥の種類には詳しくないが、タカかワシのようだ。そいつはゆっくり空を旋回する。そして、何事も気にすることがないかのように遠くのビルへ向かっていった。
人並みの交差点、渡り損ねて 藤間 保典 @george-fujima
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