マコト 第7話

 ここはどこだ。何かを考えようとするが上手くいかない。オレは眠気を追い出そうと、手で目を擦る。


 どうやら、自分の家のベッドのようだ。そうか、昨日は知らないうちに寝ちまったんだな。オレは身体を起こす。


 寒っ。冷え込んだ部屋の空気が眠気を一気に吹き飛ばした。リモコンはどこだ。室内を見回す。あっ、テーブルの上に置いてあった。ベッドの中から一生懸命に身体を伸ばしてそれを取る。ついでに、床に脱ぎ捨ててあった下着も回収した。


 布団の中に戻って、オレはスイッチを入れる。さて、あとは暖かくなるのを待つだけだ。その間に下着くらい履いておくか。幸いにして布団の中は暖かい。カズオミがいるからだ。オレがバタバタしていたのに気付いた素振りもなく、寝息を立てている。その無防備さがかわいい。


 こうやって一緒に寝るのは今朝で五回目だろうか。あの日、恋活イベントが終わるやいなや、オレたちはカズオミの家に行った。カズオミの反応が思いの外よくて、かなり盛り上がってしまった。普段は大人しい雰囲気のカズオミから理性が吹き飛んだかのように求められるとついもっといい顔を見たくなってしまう。オレも男役をしたのは初めてだったが、自分にその素養があるとは思ってもみなかった。


 ダメだダメだ。あんまりそんなことばかり考えてたら、朝っぱらからおっ始じまっちまう。せっかく準備をしたんだから、ちゃんと起きなくては。


 部屋が十分暖まってきたので、オレはそっとベッドから出る。さっと着れるものを羽織り、冷蔵庫の中から準備していた物を取り出した。


 フライパンで食パンをトーストにして、クリームチーズを塗る。そして、サーモンとアボカドを乗せてタマネギを散らした。そうだ、電気ポットの電源を入れておかなくっちゃ。あとはサラダ用の野菜を適当に見繕って皿に盛り合わせる。沸いたお湯を即席スープの入った器に流し込むと美味しそうな香りが部屋に広がった。


「うぅん。マコトさん、もう起きてるの?」


 カズオミは呆けた顔で身体を起こそうとしている。


「カズオミ、おはよう。ちょっとうるさかった?」


「ううん、そんな事ないよ。で、何してるの?」


 カズオミは下着姿でキッチンまで歩いてくると、オレに抱きついた。


「んー、朝ごはんの準備」


「えっ、マジで」


「ああ、簡単なもんだけど。お前も仕事へ行く前に食う?」


「もちろん」


 カズオミはオレの頬にキスをした。


「じゃあ、そっちのテーブルに持ってくから、ちょっと上を片付けてもらっていい?」


「了解」


 カズオミは荷物を避けて、皿の置き場と座る場所を確保した。ヤツが身だしなみを整えている間を見計らって、トレイで食事を運び込む。


「なんか飲むか?」


「牛乳っ」


 オレはキッチンに戻って、陶器のコップを見つけ出す。そして、冷蔵庫の中から牛乳を取り出して注ぐ。それを持って戻ると、座っているカズオミに渡す。


「じゃあ、食うか」


 二人でいただきますの挨拶をしたら、カズオミがまずサンドイッチを取ってかぶりつく。


「ん、アボカドとサーモンじゃないですか。俺、これ好きなんですよ」


「ああ、知ってる。前、言ってただろ」


「えぇ!わざわざ作ってくれたんですか」


「まぁな」


「超うれしいです」


「作るって言ってもたいしたもんじゃないけどさ」


 実は何回か試作をしたのは内緒だ。それほど量がある訳ではないので、食事はすぐに終わった。


「ごちそうさま。マコトさんのごはん美味しかったです。今度、家に来た時は俺が何か作りますよ」


「サンキュー。ところで、時間大丈夫か。そろそろ出勤だろ」


「あっ、本当だ。行かなくちゃ」


 カズオミはコートを羽織り、出掛ける準備をし始めた。オレは流しに食器を移動させて、見送るために玄関まで行く。


「じゃあ、行ってきますね」


「ああ、いってらっしゃい」


 カズオミが期待するような顔で見たので、オレは軽く口づけをした。


 カズオミが出掛けるとオレは食器を洗いはじめた。オレは兄弟がいない一人っ子で、男にも今まではむしろ面倒をみてもらっていた。こんな風に人の世話を焼くのは新鮮だ。今のところは楽しめている。


 だけど、カズオミは若い。オレが歳をとって、今みたいな見た目を維持できなくなっても、一緒にいてくれるだろうか。


 今もアイツは同年代の友だちと遊びに行くことがある。そこで、別の相手に目が移らないだろうか。実際にオレと会っていない時にカズオミが別の相手と遊んでいる形跡はある。一緒にいる時間が長くなればなるほど、いざ別れた時のダメージが大きいのはオレだ。恋愛感情なんて壊れやすいもの。それは自分の経験からよくわかっている。


 じゃあ、どうしたらいいんだろう。恋人と長く付き合っているユウキに話を聞いてみるか。とはいえ、ソウイチロウはユウキ一筋だ。年齢もほぼ同年代と言っていいだろう。アドバイスをもらう相手として、引っ掛かるところがある。


 うーん。考え事をしているうちに、部屋の片付けが終わってしまった。時計を確認するとオレもそろそろ仕事に行かないといけない時間だ。この件はまた後で考えよう。オレは仕事に出掛ける準備を済まして、部屋を出た。

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