マコト 第6話
ここでいいんだよな?
オレは思わずスマートフォンの地図を確認する。目の前にあるのは日用品のCMで出てくる幸せ家族が住んでいそうな三階建ての一軒家だ。周りも同じような家が立ち並んでいる。流石にこの状況でインターホンを押す勇気はない。
代表者に連絡してみるか。そう思ってスマートフォンを操作していたら、中から二十代くらいの男性が出てきた。
「イベント参加者の人ですかね」
その男性はオレに声をかけてきた。
「そうです。良かった。場所を間違えていたらどうしようと思っちゃいました」
「すいません。丁度、前に来た参加者さんを案内していたんで。お名前、伺ってもいいですか」
「そうなんですね。マコトです」
男性は手元の紙に目を落とす。
「はい、マコトさんですね。主催のアキラです。じゃあ、中にご案内します」
男性はドアのカギを開けて、中に入るよう促す。
「失礼します」
玄関に入ったら既にいくつか靴が置いてある。オレが靴を脱いでいるうちにアキラは室内用のスリッパを用意してくれていた。
「こちらです」
板の間に上がるとアキラはオレに声をかけて、長い廊下を進んで行く。オレはそれに続いた。
「ここ、アキラくんの家なの?」
「あははは、違いますよ。民泊のサイトで見つけたんです。こういうところならあまり周りの気を使わないでいいじゃないですか」
ゲイの中には周囲にバレることを極端に嫌がるヤツもいる。いくら個室を用意できたとしても、普通の店では知り合いに会ってしまうリスクがあることを考えたら、こういうアイディアは面白い。
「まあ、普通の住宅街なんで、にぎやかにするにしても節度は守ってくださいね。防音はしっかりした家なんで、よっぽど大騒ぎしなければ大丈夫ですけど」
廊下を突き当たったドアの前までたどり着く。中からは楽しそうな声が漏れている。アキラが振り返った。
「じゃあ、今日の会費をいただきますね」
「はい」
オレはボトムスの後ろポケットに入れている財布を取り出して、今日の参加費を彼に渡す。
「ありがとうございます。じゃあ、中に入りましょうか」
ドアを開けると真ん中の一段くぼんだスペースにゆったりとしたソファがあり、既に何人か座って話をしているのが目に入る。手前にはアイランドキッチンだ。
「こちらが名札です。自己紹介が書けるようになってるので何か話のきっかけになることを書いて頂けたら嬉しいです。マコトさんが最後なので、準備が出来たら始めますね」
オレは名札とペンを受け取る。さて、何を書こうかな。少し考えて出身地、星座に好きな映画、キックボクシングをしていることやサウナにハマってることをさらさらっと書く。
「ありがとう」
ペンを返したら、その引き換えにアキラくんはフルートグラスを差し出す。
「アルコール、大丈夫ですか」
「もちろん」
彼はボトルをグラスの縁に付けて傾けた。注がれた金色の液体はシュワシュワ音を立てる。
「では、行きましょうか。最初は空いてるところに座っていただければ」
オレは座れそうなスペースを見つけて腰をかける。それを見届けて、アキラくんは手を叩く。その場にいた全員が彼に注目した。
「それでは今日のメンバーが集まりましたので、はじめさせて頂きますね。この出会いがみなさんにとって素敵なものになることを願って。かんぱーい」
アキラの言葉を合図にグラスが鳴る。オレも隣の男性がグラスを向けてきたので、それに応えた。
今日の参加者は八人か。少ないような気もするが、全員の顔を覚えるにはちょうど良いくらいかもしれない。年齢層はアラサーといったくらいか。にぎやかではあるが、全体的には落ち着いた人が多いようだ。
ユウキの紹介だけあって、アイツに似ている人種が多いような気がする。見た目は中の上といったところだ。先に来ていたメンバーは既にある程度話をしているらしく盛り上がっていた。隣に座っていた男性もそちらの方へ近付いていく。
オレは脳天気に騒ぐノリはあまり好きじゃない。ソファに身を預けて、スパークリングワインを飲む。誰もオレがいることなんて気が付かないかのように盛り上がっている。
んー、場違いだったかな。若い奴らはやっぱり若い同士で楽しみたいもんな。
オレも若い時は四十代なんておっさんだと思って、見向きもしなかった。だって、自分が世界の中心だったから。周りには自然と人が集まって来て、オレはその中で興味があるものだけを選べば良かった。端しっこの方で物欲しげに座っているだけの相手なんて目をやる余裕もない。今は自分がその立場だ。これまでオレがないがしろにしてきたのと同じように、これから仕返しされるんだろうか。
とはいえ、自分から中に入っていく気にはなれない。もし、自分から行って、雑に扱われたら。そう思ったら腰が重くなる。そもそも相手が自分に興味がない時にどう振る舞ったら良いのかわからない。さて、どうしたものかな。
「マコトさん、ちょっとよろしいですか」
アキラだ。オレは声の方を向く。
「彼がお話したいみたいなんで、隣よろしいですかね」
後ろにいるのは、二十代半ばくらいだろうか。赤いカシミアのセーターに濃い紺色のジーンズを履いている。ストレートヘアで大人しい雰囲気だ。オレがなかなかみんなの輪に入らないから、アキラくんが気を使ってくれたんだろう。
「いいよ」
オレは彼の好意を受け取ることにする。
「じゃあ、お願いしますね」
アキラはそう言ってキッチンの方へ戻っていった。残された男の子はどうしたら良いのかわからないといった様子だ。
「ここに座りなよ」
オレはソファの隣を軽く叩く。
「ありがとうございます」
彼は手に持っていた皿をテーブルに置くと腰を下ろす。
「初めまして。カズオミっていいます」
「マコトだよ。こちらこそよろしくね」
カズオミは座った。だが、握っているグラスを見つめたままだ。向こうの方で笑い声があがる。何かあったんだろうか。オレはそちらを見る。
「すいません。俺、こういうところ初めてで、緊張しちゃって」
カズオミはまだ同じ格好のままだ。
「そうなんだ。オレもだよ」
相づちをうつ。
「本当ですか」
カズオミはやっとこちらを向いた。なんとなく頬が赤い気がする。よく見れば手も少し震えているようだ。
「ほんと、ほんと」
「良かった。俺だけじゃなかったんだ」
カズオミの顔に笑みが出てきた。
「でも、マコトさん格好いいじゃないですか。だったら、人の前で緊張する事なんてないんじゃないですか」
「そんなことないよ。慣れないところだとやっぱりね」
「本当ですか」
「うん、今もドキドキしてる」
「そうなんですか。格好いい人でもそういうことあるんですね」
「そりゃあカズオミと一緒で人間だからね」
「そんな風に言ってもらえて、安心しました。マコトさん、大人ですね」
「まあ、もう四十だからな」
「えっ、本当ですか。全然そんな風に見えないです」
「ありがとう。ちなみに、カズオミはいくつなの?」
「俺は今年で二十六です」
「十四歳差か。カズオミから見たら、おっさんだな」
「そんなことないですよ。それに俺、歳上の人好きなんで。最初に付き合った人も十歳くらい離れてました。でも、マコトさんより全然おじさんでしたよ」
「まあ、気は使ってるからね」
「何かやってるんですか」
「食事に気を付けてるのと、運動だな」
「そうなんですね。もしかして、キックボクシングされてるんですか」
「そうそう」
「どうしてキックボクシングなんですか」
「オレも男だから自分のことは自分で守りたいじゃん。でも、腕の筋肉ないからキックボクシングなら出来るかなと思って」
「なるほど。マコトさん、スラッとした感じですけど、言われてみたら筋肉ありますね」
「腹筋も六つに割れてるぜ」
「すげぇ。俺、ウェブ系のメディアで編集してるんですけど、仕事はじめてから運動サボりがちになってて」
「そうは言っても、カズオミもいい体型してんじゃん」
「そうですか。えへへへ。ちなみに、マコトさんはどんなお仕事されてるんですか」
「オレ?オレは介護士してるんだ」
「そうなんですか。俺の婆ちゃん、認知症なんですよ。ほとんど母さんが面倒みてるんですけど、大変なお仕事ですよね」
「まあな」
「婆ちゃん、認知症になる前は俺のことすごい可愛がってくれたんです。でも、最近は俺のこともわからなくなっちゃって」
「そっか。でも、何にもわからなくなってるように見えて、そうでもないみたいだぞ」
「そうなんですか?」
「うん。今オレが担当になってる婆さんがいるんだけどさ。普段は何にも話さないんだよ。でも、髪をとかしたり、化粧をしたりするとよろこんでいるような反応があるんだ」
「へぇ、そうなんですね」
「逆に認知症だと思って、そういう態度で接することがかえって相手のプライドを傷付けて、病状進行させちゃうこともあると思うんだよな」
「うーん、難しいですね」
「年を取ると若い時と同じように出来ないのは仕方ない部分もあるんだ。それを頭に置いた上で、お婆さんが不安にならないように接してあげたらいいんじゃないかな」
「わかりました。明日からそうしてみます。マコトさん、スゴいですね」
「どうだろ。オレが言ったことも経験論で、どれだけ正しいかわからないよ」
「でも、俺どうしたら良いのか全然わからなかったからそういう話を聞けただけでも助かります」
「そっか。まあ、カズオミも出来る範囲で婆ちゃん孝行してやりなよ」
「はい!」
「いい返事だ」
素直に答えるカズオミはかわいい。オレは思わず子どもにするように、頭を撫でてしまった。
「マコトさん」
カズオミは顔を赤くして震えている。しまった。いくら何でも初対面の大人の男に頭をなでるはないよな。どうやってフォローしようか。
「俺、マコトさんの事がもっと知りたいです。この会が終わった後、家でゆっくりお話しませんか」
カズオミは手に指を絡めて、上目遣いでオレを見つめている。
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