マコト 第4話
待ち合わせの場所はこの辺りのハズなんだけど。オレは周りを見回して、それらしい人を探す。
ユウキから「恋活イベントでも行ってみたら」と言われたので、自分でも探してみたら、案外見つかった。
ユウキから紹介されたところは次回開催まで少し時間がある。それまでにやっているところがないか調べてみたら、丁度よいイベントがあった。
早速連絡してみたら、「空きがある」と言うので「行く」と回答して今に至る。
よく見れば、人数が集まっている団体があった。話をしている雰囲気から考えて多分、アレだろう。代表者らしき人に声をかける。
「すいません。この集まり、このイベントでいいんですかね」
オレはスマートフォンの画面を見せる。
「そうですよ。登録したお名前を頂いてもいいですか」
「マコトです」
「マコトさんですね。はい、確認出来ました。全員集まってから移動しますのでもう少しお待ちください」
オレは参加者らしき人々をチェックする。年齢はまちまちのようだ。友だち同士で参加してる感じのにぎやかな二十代から、なかなか相手を見つけるのが難しそうな四十代まで幅広い。
ざっと見た印象としては中の下といったところか。観察をしていたら、先ほどの男性が手を上げる。
「それでは移動しますので、ついてきてください」
男に先導されて、人の群れが動きはじめる。この感じだと全体で十五人くらいだろうか。もうアプローチをはじめているメンバーもいる。
でも、この面子か。いまいちモチベーションが上がらない。オレは最後尾でだらだら歩く。
「こんばんは。今日の参加者の人ですよね」
同じ年くらいのパーカーを着た男に話しかけられた。ルックスは可もなく不可もなくといった感じか。
「こんばんは。そうですよ」
「格好いいですね。カツヤって言います」
「ありがとうございます。マコトです」
「マコトさんか。見た目にピッタリな名前ですね」
どういう意味だろうか。見た目よりもチャラいタイプなのかもしれない。
「マコトさん、どんなお仕事されてるんですか」
「サービス業ですよ」
「ああ、夜のお店」
「もう、違いますよ。介護士です」
「えぇ、もったいない。でも、マコトさんにだったら介護されたいかも」
「ははは、冗談ばっかり。ちなみに、カツヤさんはどんなお仕事されてるんですか」
「えっと。僕は今無職なんですよ」
「そうなんですか。大変ですね」
「うん。でも、このままでいいかな。僕、実家だから困らないんで」
その年で無職かよ。別にオレも他人に自慢できる仕事をしている訳じゃない。でも、給料は少なくても構わないが仕事はしていて欲しい。
昔、遊んでいたファイヤーダンサーもそれだけじゃ食えないからバイトをしてた。そのくらいでもいいんだよ。でも、ゼロはダメだろ。大体、いい大人になっても実家に頼ろうっていう根性が気にくわない。最初に話掛けられた男がこんなんじゃ先が思いやられる。
心の中でため息を付きながら、適当に話を合わせていると目的地にたどり着いたようだ。
オレにはお馴染みのチェーン系のお店だった。別に料理が目的ではないけれども、テンションが下がる。
とはいえ、参加費が三千円と安かったんだから仕方ないか。受付のスタッフから、最初の飲み物としてビールを受け取って部屋の中に入った。
椅子は部屋の隅っこに並べられ、島のように置かれたテーブルで食べ物を取るようになっている。全員集まり、代表が簡単に乾杯の挨拶をしたら歓談タイムだ。
食事に群がる人を眺めながら、ビールを飲んでいると中年っぽいスーツの男が皿を持って近付いてきた。
「ごはん、食べないんですか」
「いや、ちょっと人が空いてからにしようかなと思って」
「じゃあ、ボクが持ってきたの食べませんか」
「えぇ?いいんですか」
「もちろん」
お言葉に甘えて、皿の上のソーセージにフォークを差す。そして、ほおばる。
「うぅん。いい食べっぷりだなぁ」
男はにやけ顔だ。
「すいません。ちょっとお腹が空いてたので」
「そりゃあ良かった。持って来た甲斐があるってもんだ。お兄さん、お名前は?」
「マコトです」
「マコトくんか。ボクはヨウジって言います」
「ヨウジさん、ありがとうございます」
「いやいや、かわいい子のためだったらこのくらいお安いご用だよ」
「かわいい子だなんて。そんな歳でもないですから」
「またまた。二十代でしょ?」
「お上手ですね。もう四十ですよ」
「えっ。全然そんな風に見えないな」
「ありがとうございます」
「いやぁ、ビックリだね。手だってこんなにすべすべして。四十の手じゃないよ」
ヨウジはテーブルの上に置いてあったオレの手の甲をゆっくりとなで回す。さっとはねのけたいがここは公共の場だ。このくらい大騒ぎするような歳でもない。オレはグラスを取って、ヨウジの手から逃れる。
「そんなことないですよ」
「そう言いながら気を使ってるでしょ。胸の筋肉だってガッチリしてるじゃん」
ヨウジは触れるか触れないかのようなソフトタッチで胸をまさぐる。くそっ、オレの両手がふさがっているのをいいことに勝手なことしやがって。
「ちょっと大胆過ぎませんか。人前でそんなことされたら困ります」
オレは事を荒立てないように猫なで声でたしなめる。
「ごめんごめん。いい身体だったからつい」
ついじゃねえよ。まったく、この性欲丸出しオヤジが。エッチなことはオレも好きだが最初からエロ全開なのは趣味じゃない。何事も準備が大切だ。そういう気分にさせてくれるムード作りをするのが良識ある大人だろう。出来ないならば、タイプの男だってまっぴらゴメンだ。今さらジャンクフードみたいなセックスなんて要らない。
完全にプライベートだったらケンカしたかもしれないが、ここで揉めてもモテにはつながらない。面倒なヤツだと思われるだけだ。
とはいえ、待てよ。むしろ、男らしく見えるか。いや、オレはそういうキャラじゃない。グラスに少しだけ残っていた酒をグッと飲み干す。
「もう。ヨウジさんたらいたずら好きですね。ちょっとお酒がなくなったんで取りに行ってきます」
そう言ってオレはヨウジを振りほどく。スタッフにハイボールを頼んで、食事が置かれている方に目を向けたら、ようやく空いてきていた。
オレはグラスを受け取って、テーブルに向かった。あまり心を惹かれるものはなかったが、せっかくお金を払ったんだから食べておこう。
皿を取って良さそうなものを見繕って載せていく。デザートは何にしようかな。色とりどりの一口サイズのケーキを眺める。実はあんまり甘いものは好きじゃない。ここは苦味がある抹茶のケーキにしておこうか。そう思って手を伸ばすと最後のひとつを同じように取ろうとしている手があった。
「すみません。どうぞ取ってください」
そう言ったのは、今日一番のイケメンだ。流石、イケメン。わかってる。やっぱり、コイツが今日一番の当たりか?
「えー、良いんですか。じゃあ、お言葉に甘えて」
オレはフォークを伸ばして、突き刺すと一口でほおばる。
「ははは。大人の男性にこう言っていいのかわからないけど、かわいいですね。はじめまして。ヒカルっていいます」
「ヒカルさんですね。こちらこそよろしくお願いします。オレはマコトです」
ヒカルが手を出してきたので、オレはそれを握り返した。彼はそれを見て微笑み、歩き出す。こういう積極性は嫌いじゃない。空いてるテーブルを見つけると、ヒカルは手に持っていたコップを置いてこちらを振り向く。
「マコトさんの料理、俺ももらっていい?」
「もちろん。オレもヒカルからケーキもらったからね」
オレはさらっと名前で呼ぶ。
「サンキュ」
ヒカルはオレの皿に手を伸ばして、フライドポテトを箸で取って食べた。
「俺、普段こういう店では食べないんだけど、食べられるもんだね。マコトがくれたからかも」
「もう。そんなことじゃ味変わんないでしょ。普段はどんなところで食事してんの?」
「昨日の夜はここの駅前にあるホテルのレストランだったよ」
ヒカルの言う駅前のホテルは一流店だ。この場限りのウソを言っているのでなければ収入はそれなりにありそうだ。よく見てみれば身に着けているものも悪くない。だからこそ、場にそぐわない。
「へぇ。どうして今日はこのイベントに参加したんだ?」
「えぇ?あそこにいる友だちに誘われてさ。俺っていい奴だから仕方なく付き合ってやったんだよ」
ヒカルが指さす先にいるのは中の中といった風貌だ。二人に接点があるようには思えない。
「でも、飲み友だからって付き合わなきゃ良かったな。さっきまで帰ろうと思ってたもん。ちょっとはマシなのがいて良かったよ」
「そりゃどうも。オレ、トイレ行ってくるね」
オレはトイレに入り、空いている個室に入った。カギを閉めて、便座に座ると頭を抱え込む。
何でオレ、こんなところに来ちゃったんだろう。ハズレばっかりだ。一番のイケメンがあの性格じゃあな。
きっとヒカルは若い頃はかなりモテたんだろう。でも、肌の感じからしてアイツは三十代後半のハズだ。その歳であれはヤバい。だが、ヒカルの言うことがわからなくはない自分もいる。だからこそ一層落ち込む。
誰かがトイレの中に入ってくる音がした。二人の若い男が話をしている。
「そっちはどんな感じ?」
「うーん、微妙かな。今日、レベル低くない?」
「言えてる。ブスとババアばっか」
「本当だよね。見た目だけはよくても、中身ダメだったり。パッと見、良いだけ痛々しい」
「ちなみに、マコトって人どう?俺、見た目はタイプなんだけど」
「ダメダメ。アイツいくつだか知ってんの?」
「三十才くらいじゃないの?」
「違うよ、もう四十過ぎてる。前、バーで会った時に一緒にいたヤツが知り合いらしくて聞いた」
「えっ、バケモノ。どうやって維持してるんだろ」
「どうせいじってるんでしょ」
人の努力も知らないで勝手なことなど言いやがって。こっちは毎日、気を使って生きてるんだよ。
いじってる呼ばわりした男は続ける。
「きっと過去の栄光が忘れられないんじゃない?しがみつくものが見た目しかないんだろ。'えー見えない'って言われるのだけが楽しみみたいな」
「そうかな」
「アイツの仕事、なんだか知ってる?非常勤の介護士だよ。四十近い男がそれってヤバくね」
偉そうに言う割には情報が古いんだよ。最初は確かに非正規で潜り込ませてもらったけど、今は正規だ。
「まあ、正社員の方がいいよね」
「大体、こんなところで男探してるだなんてマジ終わってるでしょ」
オレは個室のドアをおもいっきり蹴って開ける。話をしていた男たちがこちらを振り向く。ふん、若いだけでどっちもブスじゃん。思わず鼻から息が抜ける。
「ああ、失礼」
奴らは間抜け面をさらしている。オレはすました顔をして手を洗い、トイレを出た。
その後も他の参加者と話してみたがコレという相手は見つからなかった。イベントも終わりに近付いてきた頃、主催者が手を叩く。
「それじゃあ、最後に紙を配りますので気になった相手を書いてください。お互いに相手の名前を書いた人がカップル成立です」
まわってきた紙とペンを受け取る。さて、誰にしようか。正直、白紙で書きたいところだが、せっかく来たのにもったいない。
一番ましだったのはヒカルだ。話をした感触として、多分アイツもオレを選ぶだろう。オレはヒカルの名前を書いて、集計係に渡す。
「じゃあ、集計が終わりましたので成立したカップルを発表します」
主催者が紙を読み上げていく。呼ばれて、前に出てくるのはいかにも似た者同士といった組み合わせだ。早く終わらないかな。
「ヒカルさんとタイガさん、カップル成立です」
えっ?オレは思わず顔を上げる。呼ばれたのは確かにあのヒカルだった。でも、タイガなんていたか。それなりのルックスの奴はチェックしてたハズだが、記憶にない。
立ち上がったヤツを見ると若いがごく普通の見た目だった。なんだよ。結局若さなのか。クソッ。やっぱりこんな会は時間の無駄だった。最後まで待たずにオレはさっさと店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます