マコト 第3話

 目が覚めて、スマートフォンを手に取る。ユウキから今日の待ち合わせ場所を伝えるメッセージが入っていた。


 それにしても、何でもうこんな時間なんだっけ。


 今日は仕事が休みだったから、午前中ジムで一汗かいた。その後、部屋へ戻ってベッドに寝転がったところまでは記憶にある。どうやらそのまま寝てしまったらしい。


 シャワーを浴びて、身支度を整えると電車に乗り込む。ちょっと遅れそうだ。事前に遅れることを伝えておかないとユウキは機嫌が悪くなる。そんなに時間のことばかり気にして、何が楽しいんだか。


 とはいえ、無視すると面倒なことになるのは明らかだ。到着予定時刻を確認して一報を入れておく。


 そういや、借りていたマンガはどうしたっけ。カバンの中を見たら、ちゃんと入っていた。偉いぞ、オレ。昨日、事前に入れておいて良かった。


 そうこうしているうちに、ユウキからわかったことを知らせるスタンプが返ってきていた。あとは何をしても無駄な抵抗だ。スマートフォンのゲームアプリでもしながら、目的地につくまでの時間をつぶした。


 駅に着いて、待ち合わせの場所に行くとユウキが柱に寄っ掛かって文庫本を読んでいた。オレは声をかける。


「ごめーん、お待たせ」


 ユウキは読んでいた本をさっとカバンにしまう。


「大丈夫。何か食べたいものある?」


 ユウキはそう言うが、行く場所はいつも自分で大体決めている。あとはこちらの返事でアレンジを加えているようだ。


「和食でさっぱりしているものがいいかな」


 オレは気分で答える。


「じゃあ、とろろご飯の専門店とかどう?」


 とろろご飯の専門店?また変わった店を言い出したな。とはいえ、ユウキに連れて行かれた店がハズレだったことはない。


「いいよ」


 そう答えて、オレはユウキの後に続く。連れて行かれた場所は建物の隙間にある小道を進んだところだった。'ここに店がある'と言われなければ通り過ぎてしまうような店構えだ。よくこんな店を見つけたな。ユウキの食べ物屋を見つける努力には頭が下がる。


 中に入ってみたら、入口の狭さに反して広い。十五席くらいだろうか。この立地で半分以上埋まっているということは期待出来そうだ。


 店員に席へ通されて、メニューを見る。こだわりの食材を使っていることをアピールしていることもあって、最低でも二千円以上のメニューしかない。普段、一食八百円以下に抑えている人間としては心の中でため息が出る。


 ユウキ。お前、オレの給料がそんなにないの知ってるよな。


 持つものと持たざるものの経済感覚の差を感じざるを得ない。もちろんお酒が飲めるところに行けば簡単に三千円を越える。それを考えれば、意味のある出費とは言えるんだが。


 まあいいか。そもそも今から別の店に行こうというのも面倒くさい。一番安い定食にしておこう。オーダーをして、店員から受け取った暖かいお茶で一息つく。


「そうだ、これユウキから借りてたヤツ」


 オレはカバンから借りていたマンガを取り出す。


「あっ、読み終わったんだ。どうだった?」


「うん、面白かった。初恋の相手の代わりとして付き合ってた相手と、どんどん関係が深まっていく展開が良かった」


「ふふふ。次の巻だとまたどんでん返しがあるんだよ」


「えぇ?マジか。気になる」


「また今度持ってくるよ」


「サンキュー。この作者さん、BL書いてた時から面白かったもんな」


「だね」


「魔性の男の話は学生の時、すごい好きだった」


「夢中になった相手を捨てる時の決め台詞が良かったよね」


「本当、それ。こういう話が出来るのはやっぱりユウキだけだよ。シュウジはダメ」


「シュウジくん、BL好きじゃなさそうだもんね」


「ああ。アイツ、頭固いからな」


 店員が料理を持って来たので、受け取る。テーブルを見たら、とろろご飯専用と書かれた醤油があった。これはかけなくちゃいけないな。説明書き通りに垂らしてかき混ぜる。ほかほかのご飯に載せて、一口。うん、美味い。これだったら二千円でも納得だ。


 オレが味を堪能していると、ユウキが言葉を続ける。


「最近はBL出身の作家さんが一般誌でも書くようになったじゃん。世の中変わってきたよね」


「そうだな。昔よりも受け入れられてる気はする」


「だね。テレビで普通にそういう設定のドラマとかアニメがやってるなんて、想像出来なかったもん」


 いつまでも話していられる話題だが、今日の目的は別のところにある。話を切り出さなくては。


「ところで、ソウイチロウとは最近どうなの?」


「相変わらずだよ」


「一緒に住んだりしないの?」


「うーん、考え中。男女だったらそんなに悩まなかったと思うんだけど」


「そうなの?」


「ソウイチロウは初めて結婚したいなと思った相手だからね。まあ、男女だったら付き合うって展開にはならなかったけど」


「男同士だから付き合ってるんだもんな」


「そうそう。で、コッチの場合は紙で縛れないじゃん。それに子どもも出来ないからダメになりそうな時につなぎ止めるものがないでしょ。そうすると、やっぱ踏み切れないんだよね」


「そっか。まあ、オレにとってはそう言える相手がいることがうらやましいけどな」


「マコト、相手には困ってないんでしょ。まあ、セックス出来るのとモテるのはまた違うけど」


 ユウキのストレートな言葉が心に刺さる。コイツ、無神経なことをパッとぶちこんでくるよな。オレのことをただの穴だって言いたいのか。とはいえ、相談している立場として文句も言いにくい。


「ちなみに、この前三人で飲んだ後にあった人はダメなの?付き合い長いんでしょ?」


「アイツ、遊び人だからさ。それに恋愛のドキドキ感がないんだよね」


「長く付き合うなら、恋愛のドキドキ感って要らないと思うけどね」


「そうか?ソウイチロウは?」


「僕、ソウイチロウにはあんまり恋愛のドキドキ感を感じたことないよ」


「えぇ?」


「もちろんソウイチロウのことは好きだよ。でも、恋愛のドキドキ感って意味ではそれほど強くはないかな」


「ふぅん」


「大体、恋愛感情の賞味期限ってせいぜい三年っていうからね。長く付き合ったら、それ以上一緒にいる訳じゃん。恋愛感情みたいな変わりやすいものに頼ってられないよ。それに僕の過去の恋愛、知ってるだろ?」


 ユウキはけっこう重い恋愛をするタイプだ。好きになったら、北海道でも行く。で、上手くいかなくっても年単位でウジウジと引きずる。その度に話を聞かされたっけ。


「正直、もう疲れちゃったんだよね。それよりも落ち着いて自然体で付き合える方が大事だよ。フランス料理は美味しいけど毎日だと飽きるでしょ。でも、ごはんとみそ汁はワクワク感はないけど毎日でも平気じゃん。パートナーも同じ」


「意味わかんないんだけど」


「一時的な派手な感情の揺れ動きよりも、日常感が大切ってことだよ」


「そういうもんかね」


「程よい落とし処を考えないといつまでも理想を追いかけることになっちゃうよ」


「つまり妥協しろってこと?」


「そうじゃなくて。最初から完成品を求め過ぎない方がいいんじゃないかなってこと。付き合っていく中でお互いにすり合わせていくことも必要だよ」


「そうか?」


「その辺は個人の価値観もあるけどさ。でも、条件が緩い方が相手は見つけやすいでしょ」


「まあ、な。でも、どうやって見つけたらいいのかわかんないよ」


「そうだなぁ。長く付き合いたいならば、長く付き合おうと思ってる人が集まるところの方がいいよね」


「例えば?」


「うーん、ちなみに今はどうしてる?」


「ネットがメインかな」


「それだと短期志向の人が集まりがちじゃない?」


「そうは言うけど、ソウイチロウはネットで見つけたんだろ」


「時間をかけてやり取りするようにしてたからね。マコト、まずは会ってみたい方でしょ」


「うん」


「それにネットの出会いって数をこなさないとダメだからね。僕は集団の中だと埋もれちゃう方だから一対一で話せるネットの方が良かったけど」


「オレには何が向いてると思う?」


「少し時間をかけて知り合えるようなところの方がいいんじゃないかな。恋活イベントとか?」


「そんなものあるんだ。でも、伝手ないよ」


「最近はそういうイベントをやってるところもあるから。後でURL送っとくよ」


 ユウキはそう言いながら、スマートフォンの画面をオレに見せる。


「サンキュ。後で確認してみる」


「マコトだったら僕と違って大勢の人の中でも埋もれないだろうから試してみてよ」


 大勢の中でも埋もれない。その言葉がオレのプライドをくすぐる。正直、ユウキの言うことで気に入らないこともある。だが、他にアイディアがある訳じゃない。


 とりあえず、試してみるか。

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