ユウキ 第5話
拍手の中、幕が下りていく。明かりが灯り、出口に向かう人で込み合う。僕とソウイチロウは席に座ったまま混雑が落ち着くのを待った。
週末お互いに予定があって会えなかったので、今日は週中デートだ。ソウイチロウが行きたいと言っていたミュージカルを観に来た。有名な作品なので話の筋は知っていたが、それでも楽しめる内容だった。
ソウイチロウは僕を見る。
「ごはん、どうしようか」
「ソウイチロウは何か食べたいのある?」
「今日の昼はパスタだったんだよね。晩ごはんは食欲が湧くものがいいな」
「エスニックは?タイ料理とか。インド料理でもいいけど」
「タイ料理がいい」
「わかった。この辺りでいいところあるんだ。多分予約しなくても大丈夫だと思う」
「流石、ユウキさん」
ソウイチロウは僕の肩に頭を載せる。
混雑が収まった頃を見計らって、僕たちは会場を出た。駅とは反対側の閑静な通りにた足を運ぶ。立ち並ぶ個人経営の店からは楽しそうな笑い声が漏れ聞こえている。路地裏にある店のドアを開けたら、エスニック風の音楽を背にした店員に迎い入れられた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか」
「二名です」
「今日はカウンターと個室がありますが、どちらになさいますか」
「じゃあ、個室で」
「かしこまりました。では、こちらに」
店員に連れられて階段を上がる。絨毯が敷かれていて、ゆったり座れる部屋だ。隣とは完全に隔絶されているので、カップル向きなのだろう。
「こちらでよろしいですか」
店員さんは部屋を見て、男同士を本当にこんな席へ案内して良かったのか考えたのだろう。
「大丈夫、大丈夫」
「わかりました」
僕たちは靴を脱いで上がりこみ、柔らかいクッションに腰をおろす。準備が整ったのを見計らったように店員さんは暖かいおしぼりをくれた。
「では、こちらがメニューです。お飲み物はいかがしますか」
僕は「ありがとう」と言ってメニューを受け取り、ソウイチロウに聞く。
「ソウイチロウ、何飲む?」
「お茶かな。ユウキさんは?」
「僕もお茶にしよ。あと生春巻食べたい」
「いいね、ボクは空心菜がいい」
「ご飯ものはどうする?」
「夜遅いから軽めがいいな。パッタイを二人で分けようか」
「オッケー。あとはソムタム頼んでもいい?」
「うん」
「とりあえずそのくらいにして、あとはお腹の様子みて考えようか」
「そうだね」
僕たちがオーダーを済ませたら、店員は階段を降りていく。
「今日は付き合ってくれてありがとうね。楽しかった?」
ソウイチロウは僕の顔をのぞきこむ。
「うん。特にヒロインの子が良かった」
「あの子、華があるよね。歌も上手かった」
「独特の雰囲気があったと思う」
「だね。他の誰でもないこの人が歌ってるっていう個性を感じさせる子だったよね」
「そう、そんな感じ。お話も僕の好みだったよ」
「そっか。良かった」
「機会があれば、遥歌と穂乃歌も連れていってあげたいな」
「姪っ子ちゃんだっけ」
「うん。この前、実家に帰った時も遊んであげた」
「そっか。かわいい?」
「二人ともかなりなついてくれてるからね。今だけだろうけど」
「ふふふ。ユウキさん、いいお父さんになりそう」
「どうだろ。日本だと難しいだろうけど」
「そうなの?」
「うん。未成年の養子縁組は夫婦じゃないとかなりハードル高いんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「ああ。里親であれば同性カップルで認められた例はニュースになってたけど」
「ふぅん、里親と養子って何が違うの?」
「単純に言えば、戸籍上も自分の子どもになるのが養子。里親は一時的に預かる感じかな」
「そっか。ユウキさん、詳しいね」
「一時期調べたもん」
「ユウキさんは子ども欲しい?」
「いたら良いかなとは思うけどね。ソウイチロウとの子どもが出来たら良いんだろうけどさ」
「だね。ユウキさんの子どもだったらかわいいと思う」
「今だと誰か代わりに生んでくれる人を見つけないといけないから難しいけど」
店員がまず飲み物を、続いて料理を一通り運んで来たので、僕たちは話を中断して受け取った。
独特な香りが食欲を刺激する。店員が出ていくや否や「いただきます」と挨拶して、箸をつける。
料理自体の味も良いが、好きな人と一緒に食べることが良い調味料になっている気がする。僕はこんなにも幸せだ。けど、普通じゃない僕を母さんは認めないんだろうか。
「子どもがいれば、母さんも静かになってくれるかな」僕はつぶやく。
「何か言われるの?」
「結婚しろって。この前、帰った時にまたお見合いの釣書を渡されたよ。ソウイチロウのところは言われないの?」
「家は何にも言われないな。親はボクのことには興味がないから」
「そっか」
「それに弟が結婚して、来年子どもが出来るみたい」
「じゃあ、ソウイチロウも伯父さんだ」
「おじさんって言うの止めてくれない。ボクはまだ若いんだから」
ソウイチロウの目がマジだ。これ以上、このネタを引っ張るのは多分まずい。
「ごめんごめん」
「もう。で、お見合いはどうするつもりなの?」
「どうしようかな」
「え、悩む理由があるの?」
ソウイチロウの言葉にトゲを感じる。しまった。悪いルートに迷い混んでしまったようだ。
「母さんもとりあえず言うことを聞いておけば満足してくれると思うんだよね。それに上手くいかない実績を積み上げた方が結婚しないことに説得力がつくじゃん」
「でも、相手がユウキさんのことを気に入ることもある訳だろ。そうしたら、どうするんだよ」
「何か理由を付けて断るよ」
「それって相手に対して不誠実じゃない?自分のために相手を利用するのって良くないと思う」
「うーん。でもさ、会わないで断ってても、なかなか諦めてくれないんだよね」
「ご両親に結婚するつもりはないってハッキリ言えばいいじゃん。ボクは言ってるよ」
「まあ、そうなんだけど」
「煮え切らない感じ。そうやってすぐ曖昧にしようとする。ボクと一緒に住む話だってそうだよね」
「そうかな」
話の雲行きが怪しい。何とか話の軌道修正をしなくちゃ。僕はソウイチロウをなだめるための言葉を探す。そんな僕を余所にソウイチロウは続ける。
「そうだよ。ボクと一緒に住みたくないの?」
「そんなことないよ」
「じゃあ、住もうよ」
「なんでそんなに結論を急ぐんだ」
「だって、ボクの答えは決まってるから。結論は出てるんだよ。ユウキさんは何が嫌なの?」
「セクシャリティに関係なく、一緒に住んで関係が壊れちゃうカップルの話ってよく聞くじゃん。僕はソウイチロウとずっと一緒にいたい。だから、極力リスクを減らしたいんだ」
「じゃあ、どうなったら決めるの?」
「それはーー」
僕は言葉に詰まる。どう伝えればソウイチロウは納得してくれるだろうか。時期?お金?それとも別の条件?僕はソウイチロウが納得するであろう言葉を必死に求める。
まるで溺れて、何か捕まるものを得ようと死に物狂いでもがいている気分だ。考えれば考えるほど、何をどう言ったら良いのかわからなくなる。
「そうやって黙る。言いたいことがあるならちゃんと言ってよ」
こんな感情的になっている状況で話し合ったとして、建設的な結論を出せる気がしない。
この場は一度終わらせて後日お互いが落ち着いた時に話をする事は出来ないものだろうか。
言えと言われれば言われるほど、言葉を発する勇気が挫かれる。吹き荒れる嵐が止むのを待つかのように心が縮こまる。
「何で何にも言ってくれないの。もういい」
その言葉が出てからはほとんど会話がなくなった。そして、食事が終わると僕たちは駅で別れた。
どう答えたら良かったのか。
電車に揺られながら頭に浮かぶのはその事ばかりだ。大切だからこそ慎重になっているのに、何でソウイチロウはわかってくれないんだろう。
そもそもこんなことでケンカをしてしまうのであれば、この先付き合っていても上手くいかないんじゃないだろうか。正直、自信がなくなってしまった。
誰かに相談したい。でも、こんな話が出来るのはゲイの友だちくらいだ。残念ながら、僕のゲイの友だちはほとんどいない。マコトは付き合ったことがないと言っていたので相談しにくい。どうしたらいいんだろう。
考えがまとまらないまま、乗り換えをしようと歩いていたら「ユウキ?」と不意に声をかけられる。
そちらに顔を向けたら、シュウジが立っていた。
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