閑話+従姉妹の我儘

「ええー? 合格おめでとーでも短くしちゃいけないのー?」


「ごめんなさい…あと染めるのとパーマかけるのもちょっと」


「ええー」


 楽しみにしてたのに。


 合格発表から帰ってきたかわいいかわいい従妹に、くちびるを尖らせて女性は言った。

 落ちるはずはないと踏んでいたので、美容師である彼女はどういう風にスタイリングしようかとこの日までわくわくしていたのだ。

 真面目なこの妹のような少女は、年頃にしてはオシャレに疎い。

 下手に化粧をして失敗するよりはいいと思うのだが、ここまで徹底的に学生手帳の項目を守らなくていいのではないか思う。

 どうも、加減がわからないらしい。

 教師にバレないくらいに眉をさわったり、スカート丈をいじったり。

 髪の毛だって分け目を変えたり結びかたを変えるだけで印象が変わる。

 カワイイはつくれるのだ。同様にごまかしもできるのだ。

 ただでさえ、少女はどこもいじっていないのに地味と言われながらもきれいな顔立ちをしている。

 女性の―――織子の父いわく、亡くなった叔父に似て、儚そうな、優しい顔をしているそうだ。モテないはずがない。気づかない人間の目が節穴なのである。

 織子は是非とも少女には芸能人なんて目じゃないくらいにオシャレになって華々しく高校デビューしてもらいたかったのだが。


「えーじゃあどんなのがいいー?」


 無理強いは本意ではない。

 それに目立つのは苦手だろうしね。

 どうしたものかしらー、と織子は心の中で唸った。

 少女はおずおずと、上目遣いで織子を見る。


「あの、髪の長さをあんまり変えないでアレンジとか…できるかな」


「分け目を変えたりしよっか。うふふ、そのままがいいわけじゃなくて安心したよー」


 かわいい。

 オシャレがしたくないわけじゃないらしい。

 この間までは織子の好きにしていいとさえ言っていた。どうにでもなれと思うよりこれはいい成長を―――まてよ。

 いや―――まさか。


「てまりん、好きな子できたー?」


「!?」


 瞬間、ばっと少女が顔を隠した。

 顔、真っ赤にしちゃってかーわーいーいー。

 あとでこっそりカメラでおさえよう、そうしよう。

 そうか、当たりか。

 挙動不審な少女がかわいい。

 意味もなくカーテンに隠れちゃう従妹がかわいい。

 かわいいったらかわいい。


「え、え、え、顔に出てた? うっかり言っちゃった?」


「うふふーかんー」


 そうか、好きな子ができたのか。

 三年前、まわりに馴染むので精一杯だった少女が。

 成長したんだ、と嬉しい気持ちで一杯になる。

 これは、根掘り葉掘り聞かねばなるまい。

 しかし。


「えっと。あの…長いほうが似合うって言われて…だから、あんまり短くしない感じに…」


「うふふふふー」



 気にくわないな、相手の男。

 織子はにっこり笑いながら言った。


「今度、機会が会ったら家に連れておいでー?」


 見極めなければ。

 かわいいかわいい従妹の心を射止めたとかいう幸運野郎をどうにかしてでも見なければ。

 そして、場合によっては。


「うふふふふ」


 その際には、少女を溺愛している父にも同席してもらおうと画策しながら織子はハサミを取り出した。


「ちょんぎっちゃおー」


「? ありがとう、織子姉さん」


「まかしといてー」


 ちょんぎっちゃうから。


 意味も知らずに、少女は嬉しそうに微笑んでいた。

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