閑話+彼の自己紹介
「高千穂明。下の名前が漢字で変換されない」
「あ、私も変換できないの。当て字だから…」
少女が一通り話したあと、少年が口を開いた。
窓の外からはウグイスの声が伸びやかに響いている。
いまさら足がしびれてきたとは言えずに少女は頷いた。
「血液型はAB。誕生日は4月1日の早生まれ」
「早生まれ…てことは高千穂くんまだ」
「十四だよ、まだ。家族構成、父母兄自分。以上」
「もうちょっと、丁寧に…」
それは知っている。全員、顔も合わせている。
少年が知らないだけで、少女は少年の母とは何回も話したことがあった。
「えー。母は義務教育終わってすぐに家追い出されて食うに困ってどこかの有名漫画家のとこに転がり込んでそのまま腕磨いてすぐに漫画家デビューしたら頭角顕して目障りだからってそこから追い出されたんだって。今年で二十周年らしいよ」
「うん? 追い出し? おめでとうございます?」
なんか、不穏な単語があった気がする。
少年の口調はのんびりしているだけに、少女は自分の聞き間違えだろうかと首を傾げた。
「父は大学在学中から日本をあっちこっち放浪してて、卒業したらしばらくは教師してたらしいけど性に合わなくて辞めて、何年か海外をあっちこっち放浪してたらテロに巻き込まれかけて渋々帰国したら家がなくなってて友人を頼ったら詐欺にあって、身ぐるみ引っ剥がされてごみ捨て場にいたところを母に拾われてアシスタントしてたらいつの間にか漫画家デビューしてたんだって。ちなみに描くジャンルが人を選ぶから雑誌がよく廃刊になってる」
「………えーと。教師をしてたんだね、お父さん」
濃い。
なんか濃い。
どこから聞いていいのか悩む。
聞かないほうがいい気もする。
「教育学部にいたらしいよ。カグラの、あーカグラの父親がここの教頭で父の大学時代の先輩」
「えっ教頭先生? 名字が違うけど」
それに全然似ていない。
教頭は頭上が寂しくなっている、小柄な先生である。
「離婚してるから、カグラは母親の姓。あとカグラが書道家なのは知ってるかな」
「わ、知らなかった…」
だから、学校に出入りしていたのか。
一つ謎が解けた。
「じゃあ、カグラが兄のストーカーなのは知ってるかな」
「わ、知らな………ストーカー!?」
のんびりと、他人事のように少年は言う。
「兄は昔っから女顔だからか変質者によく絡まれるんだよね。老若男女、さまざま。その中でもカグラが一番長くて一番酷い、愛が重い。あと、女顔だからか彼女ができないらしいけどカグラのせいもあると僕は思ってる」
少女は、いつも朗らか笑みを絶やさない気配り上手な少年の兄を思った。
たしかに、あの美少女と見紛うばかりの少年の彼女になるにはちょっとやそっとの女の子では太刀打ちできない。
さらにいうならあの家事スキルである。並大抵の女子力ではついていけない、敵わない。
タイプは違うが、神楽は少年の兄の横にいてもなんら遜色がないように思う。
「この間、兄が親友と思っていた男の彼女が実は彼氏と兄と出来ているんじゃないかと誤解したあげくの別れ話に巻き込まれて危うく殺傷沙汰になってなんとか落ち着いたと思ったらその男が兄のストーカーにな」
「高千穂くん」
少年の言葉を遮り、少女は遠い目をして言った。
「これ以上は、聞かないでいいよ」
「え」
「それ以上は、言わないでいいよ」
「………」
知らないでいたほうが、いいこともある。
先入観というものは、できればないほうがいい。
そうでなければ、次に会ったときにどんな表情をすればいいかわからなくなる。
しばらく沈黙したあと、少年はぽつりと言った。
「なんか、ごめん」
「ううん。いいの」
家族全員、濃いと少女は思った。
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