閑話+彼女の自己紹介
「えっと…岩戸天鞠です」
「うん、それは知ってる」
春うららかな昼下がり、飾り付けられた鮮やかな黒板の前―――の床に正座している少年と少女。
なんかおかしい、と思いながらも少年は頷いた。
「自己紹介…えーと。血液型はOで、誕生日は改正される前の敬老の日です。家族構成…ええと」
どう説明したらいいかな、と少女は目を閉じた。
「おと…父は地方の新聞記者していたそうです。でも私が小学校に上がる前に事故で亡くなってしまって。実はあまりおぼえていません。母はフリーのジャーナリストをしています。たまにテレビに出てたりもします」
「一人っ子なんだ」
「あ、そうなの。母は一年のほとんどを海外で過ごすから、中学に上がるまでは母方の祖母のところにいました。あと、祖母がマナー講師で祖父は漁師でした。二人とも亡くなってしまって、いまは父方の伯父さんの家で居候させてもらっています」
「居候」
これだけ聞くと、かなりヘビーな人生を送ってきたと思われがちだが、むしろ少女からすればとても望まれた環境下で育てられたといえる。
紛争地帯を渡り歩く母親についてまわるよりも、気心の知れた日本の親類宅で待っているほうがよほど安全だからだ。
「居候先は伯父さんと伯母さんと、今年成人した従姉のお姉さんがいます。とてもよくしてもらってます」
「お祖父さんが漁師ってことは、海の方にいたの」
「あ、沖縄にいたよ」
「沖縄」
それにしては、訛りがない。肌も白い。少女が水泳部にいた記憶もないが。
「じゃあ、泳ぎは得意な」
「高千穂くん」
少年の言葉を遮り、少女は遠い目をして言った。
「海は、眺めるものです」
「え」
「海は、泳ぐものではありません」
「………」
少年は思い出した。
最近まで「泳げない人」の割合が全国でもっとも高いのは沖縄だったということを。
もともと沖縄には海で「泳ぐ」という習慣がほとんどない。何故なら沖縄の海は波が高く、流れが速く、台風が来れば荒れ狂うからだ。
さらにいうなら小学校にはプールがないところも多々ある。かといって海で水泳の授業があるわけでもない。
どうやらこの話は少女にとっては禁句だったようである。
しばらく沈黙したあと、少年はぽつりと言った。
「なんか、ごめん」
「ううん。いいの」
海は、眺めるものである。
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