約束の放課後


 その後。午後の授業はいろいろな意味で身が入らず、休み時間に頑張ってカタワレチョコの手掛かりを探すも成果はなく、あっという間に放課後を迎えた。


「瑠香。落ち着いてね。深呼吸だよ」


 昼休み終わり間際に、「なんでこれ持って行ってないのー⁉」とか、「えー! あの恥ずかしがり屋の瑠香が……? いやでも、よく言った!」とか叫んでいた菜月も、どこか神妙な面持おももち。


「なんか、私より緊張してない?」


「そ、そんなことないよっ!」


 明らかに裏返った声で、菜月は答えた。菜月は友達思いだからか、時々当の本人よりも本気になってしまう。今も、私の緊張が移ったかのように手が震えているし。


「最後はもう気合よ、気合。無言でも何でもいいから、サッと渡して逃げちゃいなさい」


 え。それでいいのだろうか。


「いやでも……やっぱりしっかり言葉で伝えたい、というか」


 もうここまで来たら覚悟はできている。結局カタワレチョコのもう片方も見つかっていないし、開き直っているってのもあるんだけど。


「ああ、そう……。でもそこまで考えられてるなら、きっと大丈夫」


「うん」


 そう大丈夫。大丈夫な、はず。


 放課後の教室は、授業が終わった解放感に満ち溢れており、クラスメイトたちはあちこちで会話に花を咲かせていた。その話題の多くは、もちろんバレンタインに関すること。


『チョコ渡してきたっ! えへへへ。喜んでくれるといいなー』


 という喜びの共有だったり、


『あんたの義理チョコ、なんか大きくない? 実は愛が詰まってたりして~』


 これから渡しに行くらしい友達をからかってたり、


『部活停止期間だけど、彼はこっそり練習してるらしいよ!』


 私と同じように友達にサポートしてもらってたり。


 男子の方はと言うと、「チョコ……結局一個ももらえなかったー!」と叫ぶ男子もいれば、義理チョコも含めていくつももらっている男子もいる。


 そんな雰囲気にのまれ過ぎないように、深呼吸を繰り返す。


 スーハー、スーハー…………よしっ……。


 昼休みに約束した彼に声をかけようと、教室内を見渡した時。


「あれ……?」


 どこにも、その姿が見当たらない。


「ちょっとー。蔵本、知らない?」


 菜月が、彼がいつも一緒にいるグループの男子に声をかけに行くも、


「あーなんか、さっき急いで教室出て行ったぞ?」


 そんな言葉が、私の耳に届く。彼がいつも背負っている青色のリュックも、既に影も形もなかった。



    ***



 やっぱり、私なんかがあんなこと言って、迷惑だったのかな……。


 気を抜くと、泣きたい気持ちが溢れてきそうだった。でもなんとかグッとこらえ、周囲を見回す。


 ――もしかしたら、急用か何かがあって一時的に出て行っただけかもしれないよ。朝も顧問の先生との話があるとか言っていたし。


 そんな菜月の言葉にも押されて、私たちは手分けをして校内で蔵本くんを探していた。


 隣の教室、職員室、進路指導室、体育館……と彼がいそうな場所を回ったり、顔見知りの先生に聞いてみたりしたが、一向に見つからなかった。そのうちにどんどん下校する生徒も増え、校内は徐々に静かになっていく。


「ううっ……ぐすっ……」


 目元が、熱い。

 視界が、ぼやける……。


 なんで、こうなっちゃったんだろ。

 小さくてどうしようもない勇気だけど、私は確かに振り絞った。最後の一滴までしっかり出し切って、想いを伝えるはずだった。なのに……。


「……この、チョコレートの……せい?」


 朝からずっと、リュックのミニポケットに仕舞われたカタワレチョコ。私は背負っていたリュックを前へと回し、ポケットに手を入れる。

 そこには、確かに半分に割れたハート型のチョコの感触が、ある。


「……っ!」


 近くにあったゴミ箱に捨てようと、取り出したその瞬間に、真っ白なチョコレートの上に書かれた文字が目に飛び込んできた。


「え……?」


 今朝見た時には、なかった文字。

 チョコレートの表面が、溶けたから……?


 チョコペンらしきもので書かれた文字に、視線をゆっくりと滑らせる。


 ――屋上


 最後の希望を胸に、私は階段を駆け上がった。

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