episode05

 道中、沢山の人が倒れていた。そのどれもが苦悶の表情を浮かべる事すら出来ずに即死している。

 そして、フィルはその景色を過去に一度だけ見た事があった。



(間違いない。絶対にいる――)



 フィルはそう確信して、いくつかの屍を横目に突き進んだ。とても大きな屋敷を、死体の鮮度を目安にして。

 進めば進むほど死体の温度は上がり、吹き出る血の勢いは増していく。

 そして――。



「――っ!」



 短剣を構えて勢いよく扉を開くと、足元に今までのもので一番新しい死体が転がっていた。

 なにか話を聞ければと思い血を流す女を抱えてみたが、やはり息はなかった。

 フィル次に、椅子に縛られていた少女――ユファへと対象を移す。



「ねぇ、君! 大丈夫!?」



 そう叫んだのとほぼ同時に、フィルに遅れを取っていた他の兵士たちが部屋へと辿り着く。

 その間、ユファは何かを見つめていた。フィルはその方向を確認してみたが、そこにあるのは壁と扉だった。一瞬部屋へと入ってきた部下を見ているのかとも思ったが、ユファの視線の動きを見ると違うように思えた。

 フィルはもう一度ユファに声を掛けようとしたところで、足元に転がっている注射器に気がついた。こんな場所にある時点で、中身が禄なモノでは無い事はすぐに察せる。

 もしかしたら、薬のせいで混乱しているのかも知れない。そう思って、フィルはユファの体を魔法を使って調べた。治癒魔法を志す者が始めに習う、対象の状態を調べる魔法だ。

 そして、異様なほどに異常がなかった。

 フィルは死体を漁って手に入れた鍵でユファの拘束を解くと、



「……ねぇ君、話せる?」



 そう問い掛けた。



「は、はい……」


「名前は?」


「ユファです」


「ここで何があったか覚えてる?」


「目隠しをされていたので、どういう状況だったのかは分かりません」



 ユファは足元の目隠しに使われていた布に視線を落としてから、



「分かるのは何かで腕を刺されて、それから……」



 そう言って身を震わせた。

 薬を打たれたときの感覚が薄っすらと蘇ったからだ。薬の衝撃で記憶が薄れているのは、不幸中の幸いだった。

 そのユファの反応から、足元に転がっている注射器と、近くの机の上にある注射器の内容物が劇薬であることはすぐに分かった。だからこそ、一つの疑問が浮かぶ。

 フィルは今はそれを考えずに、ユファの言葉に耳を傾ける事にした。



「その後、何かを飲まされて――」



 少しの間、ユファはなにかに悩むような仕草を見せた。



「気が付いたら、フィル様が目の前に……」



 ユファがフィルを知っていたのは、魔王討伐後のパレードで一度目にしたことがあったからだ。例えそうでなくとも、胸に付けているこの世界に三つしかないバッジを見れば誰でも気が付く。勇者一行の一員だと。



「すみません、あまり覚えていなくて……」


「気にする必要はありませんよ。話してくれてありがとうございました。後は私達に任せて、休んでください」



 そう言うと、フィルは部下にユファをどこかで休ませる様に指示を出した。フィルの部下はユファを連れ、できるだけ死体のない道を通った。死体のある場所では手で視界を遮ろうとして、



「あの……私は大丈夫です」



 そう言われてそのまま通った。





 フィルは知識と道具と魔法を駆使して、注射器の中身を調べ上げた。その効果はどれも酷いもので、ユファに打たれたであろうモノは、注射器の僅かな残りでも人格を破壊してしまえるほどのものだと分かった。

 それを治癒する難易度は、四肢の欠損部位を修復するのとそう変わらない。魔法ならまだしも、薬で治すとなれば一つしかない。



「天の雫、か……」



 天の雫。

 あらゆる状態の生き物を、正常な状態に戻す事の出来る極めてレアな薬。自然豊かな地の奥深くでごく稀に採取出来ると言われている。

 そして、その効果と希少さ故に異様な高値が付く。現状で把握出来ている現物は、国が買い取り保存している物のみだ。普通に考えて、個人がそれを持っているはずがない。

 その事実が、フィルの好奇心を更にくすぐった。



(ホント、何者なのでしょうね)

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