episode04

 ユファは数名の仲間と別れ、とある場所に集められていた。拘束具によって何も見えないが、男と女の声は聞くことができた。



「ありがとうございます、領主様。実験台を用意してくださって」



 女がそう言った。声質から察するにさほど若くもなければ、年老いている訳でもないだろう。



「何、気にするな。これで自白剤の性能が上がるのなら安いものだ。人体にダメージを与えることなく自白させる。そんな薬の可能性は計り知れない。完成した日にはやりたい放題だ」



 こちらは男の声。

 先ほどの女の声とは対象的に、ガラガラ声でかなり年老いている事が簡単に分かる。



「今ある薬では確実に人間を壊してしまいますからね。魔法の中にはそれを可能とするものもあるそうですが――」


「そのレベルの人間は国が厳重に管理している。領主である私とて、国の監視をかいくぐるのは容易ではない。それで、薬の方は出来そうなのか?」


「いくつか調合したものを持ってきています。一先ずはこれらの投薬を試し、成功すればそれで良し、失敗すれば結果を参考に調合し直します」



 そう言うと、女は机の上にある数本の注射器を見た。本体はどれも同じ形をしているが、中に入っている液体は透明だったり、濁っていたり、何かが浮いていたりと様々だ。

 そして、二人の目の前には地面にしっかりと固定された鉄製の椅子が一脚置いてあった。肘掛けと足元には両手両足を拘束するための枷が付いていて、腰のあたりからはベルトの様なものがぶら下がっている。



「では早速始めてもらおうか」



 そう言って領主の男に選ばれたのはユファだった。他の者は別室で待機させている。

 触られたときにヒィッ、と小さく弱々しい声を出したが、いとも簡単に鉄製の椅子に座らせることが出来た。抵抗する気力など、ユファは既に失っていた。

 今度は女が椅子に座ったユファの両手両足を拘束し、ベルトをキツめに締めた。その後、血管を出すためにユファの腕の付け根を紐で縛った。

 女が注射器を上に向けて、ピュッと少し中身を出した。それからユファに近づき、恐怖で震えるユファの血管に正確に針を差し込んだ。そのまま注射器のお尻を親指で押し、中身を流し込む。

 少し間を開けてから、ユファの体が暴れ始めた。



「あ……がっ……ぐ……だぁぁ……」



 猿轡さるぐつわをされたまま意味をなさない言葉を発しながら、ユファの体は暴れ回っていた。その動きで、目隠しをしていた布が首まで降りた。



「失敗のようだな」


「そのようですね。申し訳ありません」


「まだ実験体はある。次だ次」



 そう言って、男は手を二回叩いた。その部屋の扉の前で待機している部下に、不必要になった実験体を回収させるためだ。しかし、その音に反応するものは誰もいなかった。



「おい、聞こえて――」



 男はそうして扉の方に目をやって、それが少しだけ開いていることに初めて気がついた。扉の隙間からは赤い液体が流れ込んで来ている。間違いなく、誰かの血だった。

 男が顔を強張らせながら一歩下がると、何かが踵に当たった。

 赤い血を流す女の体だった。その体はピクリとも動かない。目は開いたままで、男をじっと見つめていた。

 それを見ながら、男の視界は下へと落ちた。意識が途絶えるのと、男の視界を崩れ落ちる男の体が塞ぐのはほぼ同時だった。

 ロウルは未だ暴れるユファの髪を乱雑に掴み、上を向かせた。腰のベルトに挿している瓶のコルクを歯で噛んで開け、中の液体を強引に口の中へと流し込む。

 それから少しの時間が経ち、



「なんで人が死んで……」



 ユファは足元で倒れている人間を見てそう呟いた。



「人を助けるのに理由なんているのか?」



 ロウルが瓶にコルクを差し込みながらそう言った。それを終えると、空になったそれをベルトの元あった場所に戻す。



「あなたは……?」


「覚えなくていい。どうせもう会うことは――」



 一瞬、ロウルの動きがピクリと止まった。

 少し面倒臭そうな表情を浮かべてから、



「あの……一体何を?」



 殆ど閉まっている扉のすぐ横まで移動した。声も出さなければ、動く気配も無い。

 それをユファが不思議に思い、再び声を掛けようとした時だった。

 勢いよく扉が開かれ、ロウルのいる場所の反対側の壁を叩いた。



「大丈夫ですか!?」



 倒れている女の体を揺すりながらそう言った。頭と体が離れている男は死んでいる。椅子に座らせられている少女は特に外傷がない。

 だからフィルは女を最初に確認した。しかし、女は急所を貫かれて死んでいた。

 フィルに続いて、数名の武装した人間が部屋へと突入する。そんな慌ただしい状況の中、ユファはロウルの方をじっと見ていた。まるで見えていないかの如く誰からも声を掛けられず、全く視線を受けないその姿が扉の向こう側へ消えるその時まで。

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