episode03
魔王を倒した勇者一行は、三人の女で構成されていた。
一人は言わずと知れた勇者。人並外れた実力を持ち、存在だけで人々に希望を与える。武器を使った近接戦も、魔法を使った遠距離戦も圧倒的な実力でそつなくこなすオールラウンダー。
もう一人が、主に攻撃手段に特化した魔法使い。攻撃系の魔法に関して言えば、勇者に匹敵するとも言われている。現在は勇者と共に世界の各所を転々とし、常人では無しえない強力な魔物を討伐して回っていると言われている。
そして最後の一人が――。
「なんでどいつもこいつも……」
回復手段に特化した魔法使い、フィルだ。
フィルは腰のあたりまである緑色の髪を揺らしながら、苛立った様子で靴をつかつかと鳴らしながら歩いていた。腰には三十センチ程の細く短い杖と、刃渡り十数センチの短剣が提げられている。
そんなフィルの前に、一人の老人が立ちふさがる。
禿頭に立派な白髭。顔にある深い皺からは、かなりの年季を感じる。高級なローブに身を包み、落ち着いた雰囲気で威圧感がある。
「お待ちください、フィル様。これはフィル様が出る様な問題ではありません。どうか我々にお任せを」
「任せても無事に終わるかもしれない。でも、私が行った方が早いでしょう?」
前髪に半分隠れたエメラルドグリーンの瞳には、とても強い光が宿っていた。勇者一行の一員と言うだけあって、かなりの気迫を感じる。しかし、老人の方に引く様子は無い。
そんな老人に、フィルはさらに言葉を続ける。
「それに、あなた達が隠している人間に会えるかもしれないし」
「はて、何のことやら」
「しらばっくれても無駄です。私が勇者様と共に魔王を倒すために戦っていたその裏で、主に人間を相手に戦っていたのがいるでしょう? 大半の仕事を単独でこなしていたのが」
フィルは勇者と魔法使いとは別行動をして、色々な場所を回って負傷者の治療をすると同時に国の仕事も手伝っていた。
その中で、とある話を聞いた。聞いたと言っても直接聞いた訳ではなく、誰かの会話をたまたま聞いただけに過ぎない。
「ダミアも知っているのでしょう? 国の汚れ仕事の大半を一人で請け負い、その全てにおいてたった一つの失敗も無く遂行しきった人間。私がどれだけ問いただしても、誰も答えませんでした。彼こそ真の勇者だ、なんて言っていた貴族ですら何も言いませんでした」
「ただの戯言だったのでは? 誰が何を言おうと、勇者はただ一人です。それはフィル様もよく知っておられるはずですが」
「えぇ、知っています。人々に希望を与えるのも、魔王を倒すのも、きっと勇者様でなければ出来なかったでしょう。でも、それに匹敵する働きをした人間が必ずいるはずです」
「まさか、噂話を小耳に挟んだだけで信じ込んでいるのですか?」
ダミアと呼ばれた老人は、小馬鹿にしたような様子でそう問いかけた。
フィルは首を横に振る。
「それらしき痕跡なら沢山見つけました。魔王との戦いに必死になっていたから、誰も気が付く余裕が無かったのでしょうね。住んでいた屋敷もあれば、周辺住民の記憶にも残っている。なのに王国の名簿からはきれいさっぱり消えている。そんな権力者がゴロゴロといました。周辺住民に話を聞けば、必ずと言っていい程に何者かに襲撃されて一家皆殺しにされたと答える。そのどれもが、魔族と接触して良からぬ交渉をしていた可能性がある者でした」
それを聞いて、老人がいかにもわざとらしく驚いて見せる。白い立派な顎髭を撫でながら、感心しきった風に言った。
「ほお、そんな不思議な話があるのですな。フィル様に言われるまで、全く知りませんでしたぞ」
そのあまりにわざとらしい仕草にフィルは一つため息を吐くと、
「では、私はもう行きますから」
そう言って、老人の脇を通り過ぎた。
離れていく背中に、老人は問いかける。
「百歩譲って、もし本当にそんな人間がいたとしましょう。フィル様は何をするおつもりで?」
フィルは足を止めて、しかし振り返らずに答えた。
「私は……いえ、私たちはきっと、その方に一度助けられています。直接会って御礼がしたい。あの時はありがとう、助かりました、と。それと……」
「それと?」
フィルは、緑色の髪を揺らしてダミアの方へと振り向いた。その顔には悪戯っ気のある笑みが浮かんでいる
「ただの好奇心です」
フィルはすぐにつかつかと歩き出した。
少ししてから、
「……はて? 勇者一行を助けた話なぞ聞いておらぬが……」
ダミアはそう一人ごちってから、自分の部屋へと足を向けた。
「まぁ、次帰ってきたときにでも聞けばよいか」
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