episode01

 それはこの世界で大きいとも小さいとも言えない大きさの街だった。ユファは、そんな街で過ごす一人の少女だった。

 歳は今年で十五で、大人と呼ばれる年齢までもう少しというところ。ツヤのあるショートカットは黒く、大きな黒い瞳を少しだけ隠していた。

 両親は街の治安を守る衛兵の仕事をしていた。

 魔王は勇者の手によって倒され、魔族はこの世界から消え去った。そうしてやってきた安寧の日々の中でも悪さを企む人間はいる。ユファの両親はそういった人間を捕まえ、人々を悪から守るのが仕事だと娘であるユファに胸を張って言っていた。そんな両親の口癖は、「人を守るのに理由なんていらない」だった。そして、こうも言っていた。



「人殺しをする奴はクズだ。どんな理由があろうと、それをしてしまえば人ではなくなる」



 とても優しい両親だとユファは思っていた。

 魔王が生きていた頃は一人の兵士として戦い、それが終わると衛兵として残りの人生を過ごすことを決めた。誰かを守ることを生業として、ずっと生きてきたのだ。いつかはそんな風になりたい。ユファはそんなことを夢見ていた。

 しかし、ある日の夜、突然日常は壊れた。

 寝室へと三人の男が侵入した。ユファが目を覚ました時には、両親がロープで両手両足を縛りつけられていた。ベッドの上で体を震わせるユファの目の前で、三人の男は夫婦を何度も嬲って殺し、その後も嬲り続けた。

 男たちは全員が古びた短剣を腰に下げていたが、それではなく己の体を使った。



「クソっ。こいつらさえいなければ仲間が捕まる事は無かったのに……」


「ったく、何が正義だよ。俺たちの事情も知りもせずに、身勝手なきれいごとばかり言いやがって」


「全くだ。俺たちを否定するなら、こんな仕事しなくても生きていく方法を教えろよ。学も戦闘能力もない俺たちでも金を稼げる方法をよぉ」



 大抵の場合、金を稼ぐのに対価として労力を差し出す。戦闘能力があれば兵士や衛兵、用心棒として、学があれば学者や商人として働き、その能力が高ければ高い程沢山の金を稼ぐことが出来る。

 それでは、何の能力にも恵まれなかった人間はどうか。答えは至極簡単で、単純労働にいそしんで低賃金を貰う他ないのだ。

 ユファはそれを知らなかった。

 だから、何故両親が殺されなければならなかったのか、彼らが何に対して怒っているのかを理解できなかった。

 やがて男の一人が、ユファの方を見た。



「けっ、俺たちじゃ真面目に働いたところで子供を育てる金すら稼げねえってのに。まあいい」



 そう言うと、男はユファのか細い両手首を片手で掴んで持ち上げて壁に押さえつけた。

 ユファは、自分でも驚くほどに抵抗が出来なかった。体は震えたままで、涙はずっと流れていて、何も考えられない。

 ユファを押さえつけていた男は、ユファの顔を見て少し考えるようなそぶりを見せた。その意図を察した他二人が歯切れ悪く言う。



「おい、そいつを商品にするのはやめた方が……」


「俺もそう思う。そいつの顔を知っている奴は多そうだしな」


「この周辺じゃあそうかもしれないが、例の件で売れば問題ないだろう?」



 二人の男はそれに納得したのか、


「あぁ」


「そうか」



 そう呟いた。

 両手足を縛られた上に目隠しをされていたため、その場所が何処かは分からなかった。だが、沢山の子供がいて、自分たちが遠くの街で売られるという事は分かった。

 途中、抵抗したものが一人いた。その子供は、なぜか猿轡と目隠しを外された。そして、ぶっ続けに文句を言い放った。

 しかし、それはすぐに悲鳴に変わった。他の者は目隠しをされていて、何が起こっているのかは分からない。ただ、彼が苦しみながら死んでいったことは音で分かった。

 それから乱雑に扱われ、馬車に乗せられたが誰一人として声を発さず、抵抗もしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る