episode02

 ユファを攫った男たちは、人を金に換える所謂いわゆる奴隷商人だった。

 この世界において、奴隷なんて言う制度は無い。見つかればすぐに正義の名のもとに罰が下されるだろう。

 にも拘らずこんなことをする人間がいるのは、勿論金になるからだ。

 ユファの件は例外として、奴隷商人は身寄りのない人間を捕らえ、買い手の金持ちに売り払う。金持ちにとっては大金を使ったただの娯楽、もしくは人間を使ったナニカをすることが目的だ。

 そして、ユファを攫った男たちは今回大口の取引を得ることに成功した。目的地は遠い場所にあるそれなりに大きな街。その規模故に警備も厳しく、そんなことをするのは難しい。だからこそ高報酬を得ることが出来る。身寄りのあるユファさえも売ることを決めたは、その距離が理由だった。

 軋むほろ付きの荷台に放り込まれたユファを含めた十数人の少年少女を、男たちは馬を使って人目につかないルートで運んだ。三日三晩交代で走り続け、商品には水だけを与える。もしもの時には商品を囮にすることも考えていた男たちだったが、幸いなことに魔物に遭遇するようなことはなかった。

 三日目の太陽が頂点に昇った頃、男たちは約束していた場所にたどり着いた。

 約束の場所に到着した三人を待っていたのは、一人の男だった。その後ろには、三人が乗ってきた馬車とそっくりな見た目をした馬車がある。

 そのすぐ傍に、三人は馬車を止めた。



「こんにちは」


「あぁ、あんたが話に合った貴族様の手下か」



 そういわれた男は頷いた。

 控え目ではあったが、清潔感のある見るからに高価な正装に身を包んでいた。誰が見ても、それなりの身分の人間であることはすぐに分かる。



「えぇ、そうです。それで、商品はどうですか?」


「見たほうが早いだろ。この中だ」



 三人組のうち一人が、自分たちの運んできた馬車の幌付きの荷台を親指で示した。

 幌の中を覗き込んだ男は、思わず顔をしかめる。



「随分と体調が悪いようだが……」


「さっき、近くの川で体を洗わせたんだ。糞尿だらけよりはマシだろう?」


「それは……そうだが……」



 貴族の手先はこれでマシになった方なのかと、内心で呆れていた。覗き込んだ時点で、かなりの悪臭が漂っていたのだ。中にいる商品はと言えば、全員衣服がずぶ濡れで、体を震わせていた。

 あまり乗り気ではないその男に、三人組の一人が首を傾げる。



「なんだ、兄ちゃんは乗り気じゃないのか? てっきり貴族の周りにいる奴もこんな趣味を持っているものだと思っていたが……」


「私の上司がそういう趣味を持っているだけであって、私も同じと言う訳ではありません。出世するためなら、このぐらいの仕事は黙ってこなしますが」



 そう言って、貴族の手先は不気味な笑みを浮かべた。男三人もそれに劣らない笑みを浮かべて、うち一人が二人に言った。



「俺たち、仲良く出来そうじゃねぇか?」


「あぁ」


「そうだな」



 仲間である二人の反応を見て満足そうな表情を浮かべ、今度は貴族の手先の方へと視線を移した。



「なぁ、兄ちゃんも思うだろう?」


「えぇ、そうですね。お金さえ払えば何でもしてくれると言うのなら、個人的に仲良くさせてもらいたいところです」


「あぁ、任せとけ。もうこんなことに手を染めてんだ。対価さえ貰えれば、どんなことだってやってやるさ」



 貴族の手先は名乗った後に三人の名前を聞いて、



「これから長い付き合いになりそうです。どうかよろしく」



 そう言いながら、一人一人と握手を交わし、それぞれの手に少なくないお金を握らせた。三人の男は手元を見て、ニタニタと笑う。

 それからを入れ替えて、貴族の手先は事前に知らせていた報酬を三人に支払った。

 その後、用があった時の連絡方法を確認しあってから三人組は来た道を戻った。それから少し進んだところにある河原で止まった。少し前に、商品を洗った場所よりも少し上流の場所だ。



「随分ともらえたなぁ」


「あぁ。真面目に働くのがバカみたいだ」



 そう言いながら、二人は手元にある布袋の中を覗いていた。少し動かすたびに、金貨がジャラリと音を鳴らす。



「さてと、何に使うかな」


「こんな危ない橋を渡ったんだ、最初は思い切ってパーッといこうぜ」


「それはいいな。あいつが戻ってきたら話してみるか」



 商品は他人に見られてはいけない。近づかれても商品に騒がれればバレる可能性もある。だから、男たちは魔物との遭遇率が高く、人間がほとんど通らない道なき道を進んでいた。

 彼らに戦闘能力は無い。馬車で逃げ切れなければ、商品を囮にするしかないような状況だった。勿論、男たちが命を落とす可能性だって決して低くない。

 しかし彼らは、本当に運だけで目的地まで何の問題も無く辿り着いたのだ。



「……おい、あいつ遅くないか?」


「あぁ、そういえば結構時間経ってるな。一体、水をくむのにどんだけ時間かけてんだよ――」



 男がそう言いながら、御者台で立ち上がって荷台の向こう側にある川を見た。

 そこでは男が倒れていて、少し離れた所に首が転がっていた。河原の石ころが真っ赤に染まっているのは、その場所からもよく見える。

 男は驚き、隣に座っていたもう一人の男の方へそれを知らせようと視線を移した。すると、先程まで会話を交わしていた男の髪は真っ赤に染まっていた。つむじのあたりに深い刺し傷があり、そこからトクトクと赤い液体が溢れ出している。



「――⁉」



 男は声を発せなかった。

 後ろから刺した黒塗りでツヤが無い短剣の切っ先が、喉仏がある辺りから飛び出ていた。声が出なかったのは、喉にある空気の通り道を短剣の腹が塞いでいるからだ。





 ロウルは男を御者台で横にしてから片足で男の体を抑えて短剣を引き抜く。短剣を軽く振ると、べっとりと付いていた血が地面で弧を描き、短剣からはきれいさっぱり消えた。

 荷台から馬を外し、御者台にあった鞭で叩いた。

 馬がどこかへ走っていくのを確認してから、ロウルは鞭をその場に投げ捨てて大きな街へと向かっていく。

 その後ろでは風下に濃い血の匂いが流れていた。それを察知した魔物が三つの死体に群がるまでに、それほど時間は掛からないだろう。

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