第15話
野上はグラスをそっと差し差して結子の横に座って言った。
「おいおい、俺が知ってる事って何だよ。まだ捜査してんのか?」
「誤魔化さないで。もう分かってる。あんた井坂総合病院の向井の事を調べてたんでしょ」
「向井?俺は何も知らない」
結子は表情一つ変えない野上が。結子の知っている野上とはまるで別人に見えた。野上には今の自分はどんな風に映っているのだろうか。
「お願い、本当の事を言って。あなたはこの事件に関与してる。どこまで関与してるの?どこまで知っているの?」
野上はしばらく黙ってから大きく息を吸って、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「どこまで?お前は向井の事をどこまで知ってる?母親が失踪して、親しい人間も作らずに生きてきた事か?それとも、良い医者だって事か?向井の不倫相手だと思っていた岸本佐和が岸本佐和の戸籍を持っていた事か?」
「なんで…そこまで」
結子はその先の言葉出てこなかった。ある程度の事は覚悟してきたつもりだったが、実際に野上の口から事件の事を聞かされると、その覚悟は揺らいでしまう。
「なんでそこまで?俺は知ってるからだ、全部な。カバンの持ち手見てみろ。それな、盗聴器なんだ。良く出来てるだろう?お前の捜査状況は知ってる」
「違う…嘘」
結子は大きく首を振った。悲しいのか、怒りなのか、頬に涙が伝うのを感じた。
「お前おかしいぞ。俺が何も知らないと言えば、知っている事を話せと言う。知っている事を話せば、お前は嘘だと言う。お前が知りたい事と今の答えは違ったか?無理もないな。人間は自分の都合の良い様に考える生き物だ。前にも言っただろ?お前は何も分かっていない。気分が良かったか?今まで犯人を逮捕する事が出来て。自分の捜査で手柄を挙げることが出来て」
「違う…だって野上の言った助言で、今回のDNAだって…」
「俺がそういう風に誘導した。しつこいぞ、酒井。俺が全部やった。良い光景だったろう?あんなことは俺にしか出来ない。東村は一生女でありたい、そう言っていたから望み通り一生女でいさせてやった。岸本徹は家族がみんな家にいるのが幸せだと、これが一生続けばと願っていた。だから、願いを叶えてやったんだ。綺麗だったろう?」
「野上!!」
結子は感情を抑えきる事が出来ず、野上を押し倒した。それでも、野上の表情はまるで崩れない。
「お前に何が分かる?お前には何も分からない」
「そんなのは殺人者の詭弁!」
「殺人者?俺が?殺した、とは言ってない。俺は手を加えただけだ。たまたま俺が調べてた一家が死んでいた。だから、俺は綺麗にしてやった。それだけだ」
「そんな偶然が、ある訳…」
結子の言葉を遮って野上が言った。
「真実はそうなんだ。お前が思い描いているものと現実は違う」
一家が食中毒で死亡したという捜査会議も盗聴していたのだろう。
野上は死体損壊で逃げ切るつもりだ。
「そんな訳ない。私が絶対に証拠を見つける。その時に改めてあんたを逮捕する」
「今は逮捕しないのか?逃げるかも知れないぞ?」
「逃げたって何の得も無いでしょう?上はこの事件を解決したがってる。今あんたを連れて行けば、この事件を死体損壊で終結しようとするわ、きっとね。そうはいかない」
「お前は、本当に何も分かってないな。俺もここで終わらせたいんだよ」
野上がそう言って立ち上がると、店のドアが開いた。
「野上信也、遺体損壊の容疑で逮捕する」
新宿南署の大杉警部補が大きな声を出すと、捜査員がぞろぞろと店内へと押し寄せた。
「野上、あんた…」
「何度も言っただろう?お前はなにも分かってない。俺が通報したんだ」
「待ちなさい、まだ話は終わってない!どいて!どいてよ」
「酒井警部補、離れて下さい。野上を連れていけ」
結子は押し寄せる捜査員をかき分ける様に進んだが、大杉警部補に阻まれてそれ以上進むことが出来なかった。
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