第12話

向井が焼死体で発見され、遺族に連絡するために向井の戸籍を調べる事にした。彼には両親や兄弟がおらず、8歳の時から児童施設で育てられていた事から、すぐには両親を特定する事が出来なかったからだ。

すると、父親は戸籍に記載されていないものの、母親の名前を見て結子は驚愕した。

『向井 佐和』

今回殺害された岸本佐和の旧姓は『向井』だ。よくある名前ではあるものの、佐和の戸籍を調べると、間違いなく向井の母親は岸本佐和であった。年齢的にも向井が27歳で佐和が47歳だから親子でもおかしくはない。ところが、DNAを調べてもらった所、向井と岸本佐和は親子ではない、という結果が出る。

戸籍上は親子に違いないのに、何故か血は繋がっていない。それにこの二人の顔立ちは、似ているどころか面影すらない。この不思議な現象に結子は頭を抱えた。親子であるはずの二人が不倫関係になるだろうか?小さい頃に預けていたとは言え、名前や面影でピンとくるものはなかったのだろうか。結子はこの関係が気になって向井が育った児童施設へと足を運ぶ事にし、施設へと電話すると、昔から在籍しているという佐熊さんに話を聞ける事になった。

「当時の事は良く覚えていますよ。佐和さんは本当に綺麗な方でね、派手な感じではないんだけどね、おしとやかで品があるって言うんですかね。とにかく綺麗な方だったのではっきり覚えています。正人君も当時はお母さんにべったりっていう感じでね、大好きだったんだと思いますよ。佐和さんも可愛がっていましたし」

「それなのに、ここに?」

「えぇ、佐和さんのお父さんの家の借金が相当な額で泣く泣く、という感じでしたね。この子には迷惑かけられないからって言ってましたね。正人君も幼心で事情が分かってたんじゃないですかね、佐和さんがここをでる時、私の手をギューッと握ってね、目に涙をためていたけど最後まで泣きませんでした。見ているこっちが泣いてしまってね。その後も正人君はここを出ていくまで、ずっとお母さんが自慢できる様な人になりたいって必死に勉強してましたね。大人になってから一度やってきてね、お医者さんになったって言ってましたね。お母さんに似て綺麗なお顔で、優しい性格もそのままだったから、きっといいお医者さんになるだろうって皆で話していたんですよ」

佐熊さん達の言う通り、向井は優しい性格で患者さんや看護師にも人気の医者だった。

「向井さんがいらっしゃった時は他にどんな話を?」

「そうねぇ、その時は昔話をしたくらいかしら」

「そうですか、佐和さんには会っているかは聞かなかったんですか?」

「えぇ、聞きませんでした。もし会えていれば、正人君の方からきっと言ってきてただろうから」

「ちなみに佐和さんはこの方ですか?」

結子はそう言って岸本佐和の写真を佐熊さんに見せた。

「違いますよ、こんな派手な感じじゃないです。」

「年月が経って派手になった、という感じでもないですか?」

「違いますね、顔立ちが全然違うもの。もう誰が見ても綺麗な感じの人です」

「そうですか、ありがとうございました」

結子は礼を言って施設を出た。

やはり向井の母親は岸本佐和であって岸本佐和ではない。岸本佐和は一体何者なのか。

顔も違う、血縁関係もない。それなのに戸籍上は母親だと示している。

もし自分が向井だとしたら、施設を出たあと母親を探すだろうか。結子は運転席から窓の外を見て自分の生い立ちを考えた。もしも、もう一度会えるとしたら。きっと自分なら会うに違いない。両親が殺害されて見たくも無い光景が脳裏に焼き付いているが、それと同時に優しかった両親の笑顔も焼き付いている。生きているならばきっと会いに行く。

結子は車のエンジンをかけた。向井は施設を出てから、どこかで必ず母親に会おうとしているはずだ。

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