第11話
「あの管理官の顔見ました?してやったりですね。やっぱりあの焼死体は向井って読み、当たってましたね。でも、なんであの焼死体が向井だって思ったんです?」
黄田は運転しながら、結子の方を見た。
「危ない、前向いて運転して。焼死体が向井だと思ったのはただの勘よ。」
向井の部屋をもう一度入念に調べてもらった所、焼死体と同じDNAが発見された。
櫛やカミソリ、タオル等の類のものは全て違うDNAが検出された事から、捜査のかく乱目的でのすり替えだと認められた。あのままだと、捜査本部は危うくもうこの世にいない向井を探し続ける所で、この証拠が提出された時の野村管理官の顔は、さすがの結子も胸がすく思いだった。浮かれたい気持ちは山々だが、まだ犯人が特定された訳ではない。今もこの社会に一般人の皮を被って殺人犯は潜んでいるのだから。
「着きましたよ、主任」
木下玲香の自宅に着くと結子は家を見渡した。
「随分大きなお家ねぇ。」
「えぇ。父親は日本最大の東都銀行のエリートですからね。さすがに、これくらいの家は建つんでしょう」
「なるほどねぇ。それでいて都内屈指の偏差値の中央高校なんだから、人生順風満帆でしょうね」
結子がインターフォンを鳴らすと、はい、と小さな声が聞こえた。
「警察です、ちょっと木下玲香さんにお話しを伺いたくて」
返答も無く、音沙汰も無いのでもう一度インターフォンを鳴らそうとすると玄関が開いた。「今は父母もいません。でも、私に話を聞きに来たんですよね?私一人でも構いませんか?」
結子はしばらく見惚れてしまって、少し返事が遅れた。木下玲香は整った顔立ちで、とても高校生とは思えない程大人びて見えた。
「え、えぇ。もちろんご両親が不在でも玲香さんが良いのであれば構いません」
「そうですか。私も両親がいない今の方が都合良いです。余計な心配はかけたくありませんので。どうぞ」
結子と黄田はリビングまで案内され、どうぞと言われ二人はソファへと腰掛けた。
「向井先生の事ですよね?」そう言われ結子と黄田は顔を見合わせた。
「ニュースで見ました」
「なるほど。今日伺ったのは玲香さんが、井坂総合病院に何度も通院されていた事で少しお話を伺いたくて。最後に通院されたのはいつですか?」
「2カ月前ですね。最初に通院したのは、3年程前です」
「随分はっきり覚えてらっしゃるんですね」黄田が玲香の方を見て言った。
「刑事さんが来たので、聞かれると思ってさっき玄関を開ける前に手帳を見ました」
「そうですか、ありがとうございます。それで病院からは、ご病気ではないのに何度も病院に伺ってた、とお聞きしたのですが、向井さんとはどういうご関係だったんでしょうか?」
黄田に代わって質問すると玲香は表情一つ変えずに答えた。
「私が好意を持っていました。先生が好きだったんです。それで3年通いましたけど、結局実りませんでした。二カ月前に病院に行った時にキッパリ断られたので、それ以来顔を出していませんでした。会いに行くついでに受診もしてましたが、健康体だったので、特に病気ではない、という診断ばかりでしたね」
「そうでしたか。もう一点よろしいですか?岸本恵、ご存知ですか?」
「はい、知ってますよ。習い事が同じだったので。とは言っても仲が良かった訳ではなく、何度か見かけた事があるな、程度です。学校が同じなのも今回の事件で認識した、という感じですね」
「習い事、ですか。確か恵さんはピアノを習っていたとか。玲香さんも?」
「はい」
玲香が短く答え、結子が部屋を見渡すと表彰状があちこちに飾ってあった。
「随分お上手なんですね」
「普通です。一人っ子なので、父が沢山習い事を習わせてくれたんです。ピアノはその中の一つです。まだなにかありますか?」
「そうですか。いえ、今日の所はもう大丈夫です。ありがとうございました。また何かあればお伺いさせてもらうかも知れません。その時はまたご協力して頂けますか?」
「はい、構いませんよ。早く犯人が捕まると良いですね」
そう言われ結子は会釈をして玄関をあとにして車に乗り込んだ。
「すごい子でしたね」
黄田の言う『すごい』は容姿も含め、態度や受け答えまでの全てへの総括なのだろう。
「彼女、なにか嘘ついてるわよね。なにかは分からないけど、受け答えがまるで用意された台本みたいだった」
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