第10話
「私は単なる中毒死じゃないと思ってる。それに、今回のこの凄惨なやり口はカモフラージュなんじゃないか、とも考え始めてるの。もしかすると、岸本佐和以外を洗っていく方が、事件の糸口が見つかるかもしれない、私が考えてたのはここまでよ。みんなは?」
バーに着くなり結子が話し始めると全員が頷いてメモ帳を開いた。
その光景を見て【快く】店を開けてくれた野上は、まるで捜査会議だと笑っていたが誰の耳にもその声は届いていなかった。
「実は気になる情報があって、この前井坂総合病院の梶さんから着信があって、病院側でもあれから向井のデスクやら資料を整理していると、若いのに何度も来院している患者がいたそうなんです。それも病気でもないのに。しかも、その子を診る時は看護師たちを席から外させてたらしいんですよ。その患者の名前が『木下玲香』調べてみたら中央高校に通う高校三年生でした。」
「中央高校って、今回の被害者の岸本恵と同じ高校よねぇ。」
「そうです。それで最後の受診記録を調べてもらったら、二カ月程前からパタリと来なくなってました。それまでは必ず月に1度、もう3年も欠かさず来ていたそうです」
「つまり、木下玲香は向井となにか特別な関係になっていた」
「そうじゃないか、と院内でも噂になってたみたいですね。」
「岸本佐和とも不倫してたのよねぇ、この不倫って本当に不倫なの?」
「それについては自分が」
そう言って岸が挙手した。それじゃまるで捜査会議みたい、と結子は笑った。
岸は長野よりも先に酒井班に配属された刑事で、とにかく真面目で寡黙。
普段は無駄話や自分の事は話したりしないし、刑事としての仕事を着々とこなす。
一度、飲みに連れて行った時に、刑事になったのは祖母が夜な夜な徘徊するのがクセになった頃、何度も抜け出す祖母を交番の警察官が何度目でも必死になって探してくれた姿が、少年であった岸の心に焼き付いたからだそうだ。仕事もできるし、周囲からの評価も高い。
「岸本佐和と向井なのですが、携帯の履歴から逢瀬を始めたのは二カ月程前からだった様です。不倫関係は間違いなかった様です。逢瀬もシティホテルを使っていて、メールの内容も岸本佐和が向井に好きだ、という内容のメールを送っている事が確認できました。ところが、岸本佐和は不特定多数の男性と関係を持っていたようです。複数の出会い系アプリに登録している事が分かりました」
「待って、不特定多数ってなに?」
「出会い系アプリなので、相手の素性も分かりませんし、正直数が多すぎて、全員特定しようとするとかなり時間がかかりますね。まだ裏取りは取れていませんが、金銭のやり取りがあった者もいたみたいですね」
「いつまでも女でいたかった、という事かしらね。まぁ不特定多数に金銭はちょっとあれだけど。岸本家は比較的裕福よねぇ?金銭を受け取っていたとして、何に使ってたのかしら」
「それがかなり派手な生活をしていたようです。裕福ではありましたが、岸本佐和は借金もあって、その支払いがかなり高額になっていましたね。家の貯金はほとんど残っていませんでした」
「となると、金銭を要求していた相手は生活苦の為に。本命はやっぱり向井なのかもねぇ。石村さんと長野はどう?」
「自分たちは家長岸本徹、長男岸本敦、次男岸本亮の関係者手分けして探っていましたが、それらしい情報は掴めませんでした。ただ近所の仲の良い家族だった、という印象に対して岸本徹は同僚に妻が殆ど家におらず、長女の恵が食事、敦と亮が手分けして洗濯掃除をしている、と愚痴をこぼしていたそうです」
「ちょっと待って、あの死体。岸本家の死体の配置と岸本佐和だけがおめかししてたのって、あそこの家庭の状況そのものじゃない? 岸本佐和だけがリビングにおらず、自室の姿見で出かけるような恰好をしてたのはそういうことじゃないの?」
結子がそう言うと黄田が目を見開いた。
「つまり、岸本家の状況を知り得る人物の犯行、という事ですね。そうなるとやっぱり向井が怪しいですね」
「そうねぇ、木下玲香も気になるわね。皆は引き続き情報を探ってみて。黄田は私と木下玲香に会いに行ってみようか。それにしても、向井は間違いなくあの焼死体だと思ったんだけどなぁ」そう言ってため息をつくと話を聞いていた野上が話に興味を示した。
「DNA鑑定に使われたのは、くしとか歯ブラシ、タオルにカミソリか?」
「なに?急に。そうだけど」
「DNA鑑定に使われそうなものばかりだな。DNA鑑定を見越して犯人がすり替えた可能性は?」
野上の言葉に全員が顔を見合わせた。
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