第8話

「では、捜査会議を始める。昨日、マネキン殺人事件に進展があった。みんなも知っての通りだが、向井の自宅から遺体の一部が発見された。鑑定の結果、現場に置いてあった内臓は『岸本佐和』のものである事が分かった。また、この胃の内容物を調べた所、胃の中の肉がかなり腐っていたようだ。ボツリヌス菌が大量に繁殖していた事から、直接の死因はボツリヌス菌による中毒死の可能性が出てきた。まぁ、つまり食中毒だ。遺体の一部が置いてあった向井の部屋だが、既にもぬけの殻で向井は現在行方を眩ませている。事件の何かを知っている可能性が非常に高い。先ずは向井を見つける事が事件解決の近道だと考える。」

西川係長の号令で会議が始まり、その内容に会議室がどよめいた。結子もまたその内容に動揺し、気が付くと席を立って発言していた。

「あり得ません。岸本一家全員が食中毒で死亡して、偶然通りかかった誰かが内臓を摘出した、という事ですか?あり得ません、これは遺体損壊なんかじゃない。殺しです」

「何かあるなら、まず挙手をしろ。殺しだという証拠があるのか?お前はまたそうやって憶測で捜査を混乱させるのか?捜査会議はお嬢ちゃんの推理を披露する場所じゃないんだよ。西川、お前の教育はどうなってんだ。」

野村管理官がそう言って西川係長に目をやると、西川係長が頭を下げた。

「証拠はあります。少なくとも、最初の焼死体。これは間違いなく殺しです。それにこの最初の焼死体は『向井正人』だと考えます。その証拠は科捜研からもうすぐ報告があがってくるはずです。今、黄田が科捜研に報告を聞きに行ってます。すいません、急ぎだったので報告が遅くなってしまいました」

「西川ぁ!」

野村管理官が怒声をあげると、西川係長が深々と頭を下げて顔を上げると結子を見た。

「酒井、間違いないんだろうな」

「ほぼ間違いないと思います。向井の自宅に入った時、まず感じたのは違和感です。自宅はあんなに綺麗にしているのに、内臓がお風呂場に無造作に置かれている事への違和感。向井が逃亡したのであれば内臓を部屋に置いて出ていくのはあまりにも不用心です。逃亡すればまず間違いなく自宅に誰かはやってくる。ならば処分するのが普通ですが、事実、内臓は処分されていなかった。処分する時間が無かった、というのは死後1カ月も経過している事からあり得ません。だとすれば、出来なかった。何故出来なかったのか、そもそも向井は岸本一家殺しとは無関係で、別の誰かに殺害され罪を着せられているのでは、と考えました。そこで、向井の家から歯ブラシ、櫛を拝借しました。」

「拝借って、お前なぁ、ただの窃盗だろうが。お前それでも刑事か」

「刑事です」

結子は野村管理官の目を真っすぐ見て答えた。管理官は何か言おうとしていたが、会議室のドアが開いた事に全員の注意が向かった。

「DNA鑑定でました。焼死体は、向井ではありませんでした」

黄田が力なく報告した。

「嘘でしょ?」結子はその結果に愕然とした。

「おいおい、お嬢ちゃん。えらく得意げにご高説した結果がこれか?お前は今後単独行動するな。わかったな。推測だけで行動もするな!今後、この捜査は行方を眩ませた向井を重要参考人として追う。」

結子の耳には最早、管理官の言葉は耳に入ってこなかった。あの焼死体は向井でない。

「あなたは一体どこの誰なの?」心の声が小さく漏れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る