第6話

「ねぇ、このボックスってこのままお風呂に置いてあったのよねぇ?石村さん、鑑識は写真撮ってた?」

結子は現場に着くなりあちこち見て回ったが、やはりこのお風呂場に置かれた透明の箱に詰められた内臓が気になる。

「はい、もう写真はとってありますよ。これ気になりますよね、内臓がこんな風に—」

そう言って石村は険しい顔をして口元を押さえた。

「そうね、それもそうなんだけど」

そう言いながら結子は透明の箱を少し横にずらした。

「ずっとここにあったのかしら。死後一カ月だったわよね?岸本一家。」

「そうですね、少なくとも一カ月近くは、ここにあったんじゃないでしょうか?」

「一カ月もここに置いてた割には跡がないのよねぇ。普通お風呂場に物を置いたりしてあると、跡がついたりしない?しばらくここのお風呂は使ってなかったのかしら?」

「岸本一家を殺害してすぐにここを出たんじゃないですか?」

そうね、と短く返して結子は透明な箱を元の位置に戻した。

この部屋は何か奇妙だ。一カ月誰もいなかった、そういう雰囲気がどこにもない。

妙に掃除は行き届いているし、お風呂場の床も綺麗すぎる程に綺麗だった。

つい最近までここに誰かがいた様な、そんな雰囲気を醸し出している。

結子は掃除が大の苦手で、一カ月掃除をサボった部屋がどんなものになるか知っている。

もっと部屋は埃っぽくて妙に湿気た空気感になるものだが、この部屋はそういう感じが一切無い。向井はとてつもなく綺麗好きだった、という事なのだろうか。そう言えば、岸本一家の現場も妙に綺麗だった。血の跡もほとんどなく、まるで掃除された直後のようなそういう雰囲気だ。

「向井、どこに行ったんでしょうね」黄田が小さく呟いた。

「どこに行ったのかしらね、それを探すのが私たちの仕事でしょ。長野は?」

「ですね、失礼しました。長野なら表にいますよ」

結子は玄関を開けると、長野が手すりに手をかけて目に涙をためていた。

「主任、すいません」声を震わせながら頭を少し下げた。

「いい加減慣れないと、いつまで経っても新人扱いされるわよ。困ってる人を助けたくて警察官になったんでしょう?」

「そうですけど、内臓が置かれてたり、遺体に別の内臓が入ってたりする様なこんな現場慣れようがないですよ。こんな現場見たくないです。」そう言って目にためていた涙を流した。

「甘ったれた事言ってんじゃないわよ!こんな殺され方して、犯人が見つかりませんでしたって遺族に説明できる?それで納得できる?自分の家族、恋人が同じ目に遭っても同じ事言ってめそめそ泣いてるの?あんたが見たくないこの現場に、何か手掛かりがあるかも知れない、それを見たくないって目を逸らすの?何故殺されたのか、誰に殺されたのか、犯人は捕まるのか、遺族の方は今もそんな考えに圧し潰されそうになってる。『家族が殺された』っていう心の傷と一生向き合っていかなくちゃならない!あんたの言う困ってる人の中に遺族は含まれてないの?そんな気持ちなら刑事なんて」

「主任、それ以上は」そう言って黄田が結子の言葉を遮った。黄田に遮られて、結子は少し冷静になり、自分が感情的になっていた事に気付いた。もう少しで、言わなくて良い事を言う所だった。少し頭を冷やしたほうが良さそうだ。

「明日、捜査会議だから。遅れないようにね。私は先に帰る。」

「分かりました。長野は俺からまた話しておきます。お疲れさまでした。」

結子は歩きながら、昔の事を思い出した。リビングに広がった血だまり、優しかった両親がその血だまりで倒れている姿は今も脳裏に焼き付いている。

『被害者遺族』言葉にすればたった8文字の言葉だが、その8文字は結子に一生付きまとう。

大きなため息をついて、今日は久しぶりに『いたてん』に顔を出そうと考えた。

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