第5話
「主任!ありました!携帯電話の履歴から岸本佐和の不倫相手が分かりました!向井正人、井坂総合病院の外科医です!」
結子は新宿に向かう途中、携帯の解析を急がせる様、長野に指示していた。
「ありがとう、でかした長野。このまま石村さんと向井の自宅に向かってくれる?私たちは井坂総合病院に向かう。もし向井がいても、今回はあくまでも岸本佐和での事件の聞き込みよ。」
電話を切って黄田の方に目をやると黄田は小さく頷いた。
「井坂総合病院ですよね。長野、どうでした?」
「そうね、やっと関係者が見つかって少し興奮してるって感じかしら?」
「やっぱりあいつも刑事ですね。いいんですか?主任は自宅に行かなくて。」
「いいのよ。長野が解析を早めてくれたんだし、いつまでも下っ端って訳にもいかないでしょ。それに職場に向井がいる可能性だってあるわよ」
「そうですか。」そう言って黄田は少し笑った。
「なによ、なにがおかしいの?」
「いやー、主任も長野が可愛いんだなって思うと、あいつ皆に愛されてるなーって、つい。」
「愛されてる?手がかかるの間違いでしょ」
そう言って窓の外に目をやった。子育てでは、しばしば『手がかかる子ほどかわいい』といった言い方をするらしい。親の苦労に対する慰めの意味もあるかもしれないが、手がかかる分、その子どもに対して、より一層愛着が生まれるというのは事実でもあるのだろう。部下の教育に関しても言えることなのかも知れない。
「それにしても向井正人、主任が疑ってた医療関係者の一人ですよね。」
「そう、しかも外科医よ。」
「かなり怪しいですよね。そうなると痴情のもつれかぁー。ひどい現場でしたけど、動機なんて案外そんなものなんですかね。」
人間のする所業ではない、確かにそんな現場だったが、それを行うのもまた人間だ。
黄田の言う通り、動機なんてものは案外そんなものなのかも知れない。
マネキンスタンドは何故必要だったのか、何故あんな手の込んだ殺し方をする必要があったのか、いくつかの疑問が結子の頭に残ったが、事件が解決すればそれも解明されるだろう。
結子と黄田は井坂総合病院の到着してすぐに受付に向かった。
「警察です、向井正人さんいらっしゃいますか?ちょっとお話を伺いたくて」
「少々お待ちください。」そう言われ結子と黄田が待っていると、奥から精悍な顔つきの男性が現れた。
「どうも、外科部長の梶です。向井君の事で話が聞きたいと伺いました。どうぞこちらへ」
梶はそう言って応接室へと案内された。
「向井さんは今日はもうお帰りに?」
「いえ、向井君はもう一カ月程来ていません。無断欠勤する様なタイプではなかったので、心配で何度も電話したり、家にも行ったんですけどね。電話は電源が切れているし、留守なのか、家にもいないようですし。」
梶の話を聞いて結子と黄田は顔を見合わせた。
「一カ月程、ですか?正確な日にちは覚えていますか?」
「えぇ、勤務表を見れば日付は分かりますよ。向井君、なにか事件に巻き込まれたんですか?」
「いえ、少しお話を伺いたいだけです」結子が短く答えると、梶はすこし頷いた。
「来なくなる前は向井さん変わった様子はなかったですか?」
「特に変わった様子はなかったですね。彼、腕は良いし、顔立ちもハッキリしていたし、優しい性格もあって患者さんや看護師にも人気だったんですよ。だから、彼が来なくなって『向井ロス』なんて言って、みんな残念がってましたよ。」
「そうですか、外科での専門は?」
「向井君は脳外が専門です。とは言っても、うちも人手不足でして、色んな手術に関わってもらってましたけどね。」
「そうですか、例えば内臓の摘出手術なんかも経験されてましたか?」
「内臓、ですか?まぁ、摘出しなければいけない場合は、そういう手術もやったとは思いますけど。何故ですか?」
「いえ、参考までに伺ってるだけです」
そう答えるとちょうど結子の携帯が鳴り、梶はどうぞ、と言ってパソコンを開いた。
「もしもし?石村さん?あれ長野は?」
「主任、向井はいませんでした。玄関の鍵が開いていて中に入ったんですけど、風呂場に透明の箱があって、そこに人の内臓みたいなものが詰め込まれてます。長野はそれ見つけて、表でゲロゲロやってまして。部屋にはマネキンスタンドもいくつか」
「分かった、すぐ行く」結子は電話を切って梶に目をやると、梶はパソコンの画面をこちらに見せた。
「この日が向井君が最後に出勤した日です」
「ありがとうございます。また何かあればご連絡差し上げるかも知れません。梶さんも何か思い出したり、気付いた事があればご連絡下さい」
結子はそう言って、応接室をあとにして急いで車に乗り込んだ。
「黄田、急いで!内臓が出てきた。向井の部屋から」
「分かりました、急ぎます。内臓、出たんですね。見つけたのは石村さんですか?」
「いや、長野」
「そうですか。あいつ大丈夫だったんですかね」
「表で吐いてるって」
二人は苦笑いをして頭を抱えた。
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